第46話 俺はただ彼女のことを

『感謝してます、奏のこと』


そんなことを改めて言う音無さんとの間に


「大切にします、お義父さん」

『…………』

「………音無さん」


なんて、微妙なやり取りがあったのは内緒。

実際はある意味もっとすごい話が待ってたりする。


『音を失った娘が不憫で、妻の旧姓である巻島を名乗らせたのはお話しましたよね?』


───巻島 奏。

それは彼女の名前であって、本当の名前じゃない。以前に聞いたことだ。


そのあと、


自分のことを考えて巻島と名乗らせてくれたことへの感謝。

変わりたい自分と、今までの弱い自分から卒業するためにも本来の名字にしたいと考えるようになったと言われたことを聞いた。


『思わず妻より先に泣いてしまいました』


音無さんは照れ笑いを浮かべて、その後で


『本当にありがとう』


そう言ってくれた。


「俺はただ彼女のことを…」


そう言いかけた時だった。


『そろそろ閉店の時間なのですが』


……マスターァァァ!空気を読んでぇぇぇ!


机の上には、おかわりを繰り返したコーヒーの使い捨てミルクのゴミが沢山で。

長居しすぎた自分たちのほうが、空気を読めていないことに気がついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る