第39話 この場所から始めませんか

『店員さんと何を話してたんですか?』


店を出た俺に、奏さんは聞いてくる。


「お似合いですねって」

『選ぶセンスいいってことですね』


さらりと褒めてくれる奏さん。

「俺と奏さんが似合うってこと?」なんて、ボケようか悩んだことは秘密にしておこう。


『私達がお似合いって意味だったりして』


…やめて。

そんな照れが混じった、それを隠すようなイタズラっぽい笑顔で俺を見ないで。

俺も考えてたくせに、奏さんに言われるとなんだか妙に恥ずかしい。

その意味なら意味で、嬉しいけど。


気づくと、見覚えのある道を歩いていた。


ちょっと狭くて、軽い坂道。

以前、男性が奏さんにぶつかって俺が頭にきて、通行人が沢山いる前で奏さんの障害が目立つような口論をした場所。

ここで別れてしばらく会わなくなったから、ちょっと苦手な場所。

俺としては逆パワースポット。


…奏さんは覚えてるのかな?


『この道、覚えてます?』


やっぱり覚えてらっしゃいましたか。


「あの時は無神経だったなと思う」

『私こそ。庇ってくれたのに』


そして奏さんは続ける。


『だからここに来たかったんです。

ここからやり直したいっていうか、ここから始めたいっていうか』

「……え?それって」


思わず聞き返すと


『何でもありませんっ』


振り向いた彼女の耳元のピンクの補聴器が、

可愛いアクセサリーのように目をひいた。







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