第40話 繰り返しの毎日の中で

彼女を知らない人には、もしかしたら音楽でも聴いているように見えてたりするんじゃないか。

ふと、髪を短くしたその人を見ながら思う。


そんなことを思っていたからだろうか、後ろから来ていた自転車に気付くのが遅れてベルを鳴らされてしまった。


ビックリしつつも、急いで道を空ける。


そして…次の瞬間、激しく後悔する。


自転車は、奏さんに道を塞がれていた。

奏さんにはベルの高い音が聞き取れてないのだ。


───俺は学習しないのか!


これじゃあの日と同じだ。

奏さんが自転車とぶつかったり、突き飛ばされたりしたらもう再現だ、デジャヴだ。


「すいません!」と自転車の男性は道を空けない彼女に苛立った声をかけた。

俺は急いで奏さんを呼ぼうとした。


「奏さん、後ろ……」


言いかけるより少しだけ早いか、奏さんは後ろに気付いた。


『ごめんなさい!』


そして俺さえも驚かす。


『…私、難聴でベルが聞こえなくて。気付くのが遅くなってしまって、ごめんなさい』


彼女は補聴器を相手に見せて、自分の障害を隠さずに伝えていた。

相手はそれを聞いて、見て、そして理解したのか納得したのか文句も言わずに抜き去っていった。


すごいや、奏さんは。叶わないなぁ。

あの時から、ちゃんと前に進んでる。

じゃあ俺は?俺は進んでるかな?

封筒に入れて渡した自分の気持ちや考えは、真実だったよな?


「奏さん!」

『?』

「奏さんが好きです」


俺も進みたい。彼女の隣で、一緒に。

彼女の気持ちも聞きたい。

この少しのが死ぬほど怖い。


『…もう1度言ってくれませんか?』


今のじゃ聞こえなかったか。

恥ずかしいけど、もう1度振り絞り、今度は聞こえるようにしっかり大きく伝える。


「奏さんが好きです!」

『……もう1度』

「奏さんが好きです!!」

『もう1度』


さすがに聞こえないはずもなく


「…もしかして」

『聞こえませんでした。私、これなんで』


そう言いながら補聴器をチラッと見せて、

イタズラっぽく笑う。

──少しだけ頬を紅く染めながら。





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