第36話 そんな風に笑うんだね
『あ、原稿が!すぐ拭かなきゃ』
マスターからダスターを受け取り、すぐにこぼした水を拭き取る奏さん。
確かに、奏さんだ。
…でも、俺の知る奏さんとは大きく違う。
それは外見的にも、心境的にも。
あの綺麗な長い黒髪は、初めからなかったかのように無くなっていた。
ショートってやつだろう。
女性が髪をかなり短くするのは勇気が要ると何かで読んだ。実際当たるとも遠からずなんだろうけど、彼女の場合は意味が変わる。
───奏さん、君は…。
『仕事長引いてごめんなさい。連絡はしたんだけど、繋がらないみたいで…』
「こっちこそごめん!電池切れだわ」
そして、向かいに座った奏さんはコーヒーを注文する。
「…髪切ったんだね。似合うと思う」
違う…言わなきゃいけないのはそれじゃない。似合ってるのは違わないけど。
いつも長い髪に隠れがちだった表情がハッキリとわかる今の髪型は、同時にというかむしろメインに隠していたはずの耳元も見えているわけで…。
『気になる?』
そんな俺なんか奏さんはお見通しで。
『ここに来るまでにもすごい見られてた』
───補聴器がしっかり見えていた。
『バリア、外しちゃった』
「……バリア、か」
『あの封筒の中身読んで、泣いちゃって』
俺の気持ちは伝わったということなのだろう。泣いてくれると思わなかったけど。
『バリアしてたら、こっちから近くにいけないなって。近付いても相手を傷付けちゃうって気づいたの。それに…』
「それに?」
『…バリアしてたら、こっちから攻撃もできないなって』
そう言って、少しイタズラっぽく笑った。
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