第30話 髪を切る意味って(奏サイド)

『今日はどんな感じにするとか、どれくらい切りたいとか具体的にあるかな?』


───はい、来た。

これが苦手だから、美容室には来ないんだ。


これを…、補聴器を隠すために伸ばした髪は私のバリアだ。

そんなバリアを無くすなんて選択肢はない。

だから髪型や長さの選択肢も、ほぼない。


……いや、なかった。は。


「これ、見てください」

『……イヤホン?』


やっぱり彼は、耳のことは話してない。

秘密にしてくれてる。ちょっと嬉しいな。


「…補聴器です。私、難聴だから」

『…ちょっと驚いた。じゃあ、今とあまり変わらない髪型の方がいいのかな?』


そして、私が思いもしない一言をくれた。


『ありがとね。勇気いるよね』

「…ちょっとだけ」


そして二人で小さく「ふふっ」と笑った。


「実は……」


そして、私は希望を告げた。


『……本当にいいの?』

「…はい!」


私の意思を、決意を、返事に込める。


『わかった、任せて』


そして彼女は言った。


『奏さん、応援するよ』


彼女の仕事が始まった。

受け身なのに、緊張する。

私の耳でも時折髪を切る音が聞こえた。


私にとっては、髪を切るのは失恋じゃない。

むしろ、その逆だ。


───私は今、恋をしている。


(奏サイド、完)





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