第29話 いつ以来か思い出せない(奏サイド)

難聴になってからは母に髪を切って貰っていた。補聴器に気付かれるのが嫌だったから。

それに切る回数も減った。

髪を伸ばすことで、補聴器を隠せた。

それは障害を隠せるし、自分から周りを気にしなくて良くなるから。


…バリアでもあり、壁だった。


だから久しぶりだ。美容室に来るのは。

以前、サイトでのメールで言っていた彼の行き付けの美容室に来ていた。


彼はしばらく前から同じ美容室の同じ美容師に切ってもらっていると言っていた。

しかもそれは女性で、本が好きだし、私とも気が合うんじゃないか、とも。


その女性が来るのを、席について鏡を見ながら待っている。

鏡に映る自分はあまり好きじゃない。


『お待たせしました』


鏡に女性が映り込み、声をかけてきた。


『…初めましてですよね?』

「はい、知り合いに聞いて来たんです」

『お、誰だか聞いていいのかな?』


彼女に伝えると、すぐに「あぁ!」となり、


『もしかして、奏さん?』

「え!?あ、はい」


予約は名字しか伝えなかったから、

名前を知られていて驚いた。


『彼が来たときに話に出てきたから』


……どこまで話したんだろう?

この人は私の耳のことを知ってるのかな?


『正確には無理に聞き出したんだけど(笑)』


そう言って笑う彼女は嫌味がなくて、不思議と好感が持てた。


『本の好みがドンピシャだって、珍しいから嬉しいって』

「……他には?」

『詳しく話してくんないの。照れてんの』


あの人らしいなとクスッと笑ってしまった。

そして、リラックス出来たのかようやく決心が固まった。




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