第26話 手紙だと言うなら

書き終えた原稿は、とてもじゃないが小説として物ではなかった。


理由は簡単だ。

多数の人が読むように出来ていない。

ある一人のために、いや、かなでさんのために書いたからだ。

障害ある者と障害ない者の生きている中での当事者や他者からの物のとらえ方、考え方。

何が必要で、何が過剰になってしまうのか。


思いの丈をひたすらに書いたこれは、小説というよりエッセイのようで。

むしろエッセイなんかより、手紙に近い。

さらに言えば、これを手紙だと言うなら絶滅間近とも言われるラブレターと呼べるのではないだろうか。


健常者にとっての気遣いやフォローが、

障害者にとっての引け目や負い目になる。

コンプレックスを抱える者がそれを隠していることを、果たしてどれだけの人が機微に感じて、理解して生きているのか。


個人差もあるわけで、もしかしたら正解なんてのは無いのかもしれない。それでも俺の考えや気持ちは込めた自信がある。

それは俺の奏さんへの想いでもあるわけで。


それを封筒に入れて、準備する。

この喫茶店のこの席で見つけた封筒を届けたこともあったっけ。


今度は俺の封筒を届けよう。

原稿に込めた想いも届くといいな。


窓の外は、雲のない晴れた空だった。


──27話、奏サイドに続く。

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