第11話 届け物

「…ここかな?」


マスターに頼まれた届け物。

言われた住所に到着したようだ。

わりと近かった。そもそも遠かったら頼まないか。



────あの時、忘れ物の封筒の中身を

マスターと一緒に確認した。


「……雑誌ですね」


マスターは封筒から中身をすべて出した。


「手話に、補聴器の本。病院の資料も」

『………』

「難聴の方の忘れ物ですかね?」


医療関係者や施設の人かもしれないなと考えていると、


『お願いがあります』

「何ですか?」

『この忘れ物はちょうど貴方と入れ違いで帰った知り合いの物なんですが、急いでいるかもしれないし住所はわかるので届けてくれませんか?』


その申し出は、なかなかに意外だった。


『誰にでも頼めることではありません。常連さんで私が信用できると思ったからお願いしています。どうか、お願いできませんか?』


マスターは深々と頭を下げた。


ここまで馴染みの店のマスターにされては、長々と居座る(原稿が進まないんだもん♥️)

身としては断りにくい。


「わかりました、会計してた人なら顔もわかりますし届けますよ」


現実は小説より奇なり。

これも何かの縁だし届けてあげよう。


───そして、今に至る。


改札には「音無おとなし」と書かれていた。難聴の方の名字としてはこれ以上ないくらい皮肉な気がする。

マスターが連絡を入れてくれているが、知り合いというわけでもないし軽く緊張する。

思春期の男子か、俺は。


チャイムを鳴らすと女性が出迎えてくれた。


『はい?』

「封筒を届けに来た者ですが…」

『あぁ!喫茶店の』


連絡のおかげで説明は不要で助かる。


『わざわざすいません。どうぞ、立ち話もなんですからお茶でも。すぐ呼んできますね』

「ありがとうございます、お邪魔します」


お茶が出されて、あの男性を待つ間、

馴れない場所に緊張する。


思春期の男子の、初めての女子の部屋か!


───音無さんを待つ間、

時計の秒針の音が、正確に、どこかいつもより大きく聞こえていた。








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