無茶振り女王と休暇の欲しい近衛騎士

ななよ廻る

命令:ドラゴンを討伐せよ


「貴方に、ドラゴン討伐の命を与えます」

「絶対にい・や・だ」


 ここはラメール王国の城。シエル女王専用の執務室にて、俺、ルドルは断固として拒否をした。

 絶対に受けないという意思の元、腕を組んで身構えていると、シエル女王の青空に似た瞳がすっと細くなる。

 怒りの気配を感じて一歩下がるが、シエル女王はにこりと笑みを浮かべて、手に持っていた扇を上から下に小さく振り下ろす。

 咄嗟に逃げようとしたが時既に遅く、頭上から拳大の氷の礫が落ちてきた。


「~~っ!? たぁ~~~~……っ」

「もう一度告げます。早くドラゴンを狩ってきなさい馬鹿者」


 あまりにも冷たいお告げに、さしもの沸点の高い俺でも怒り心頭というもの。例え女王であろうとも、今日という今日は徹底抗戦だ。


「誰が馬鹿者かー!! どうして俺が毎回毎回貴方の無茶振りな命令に従わなければならないんだ!? 大量発生したゴブリンを退治してこいだの、未確認の遺跡が見つかったらから調査してこいだのその他様々! どれもこれも命がいくつあっても足りない極悪任務ばかり……。俺に死ねと!?」

「安心しなさい、ルドル。貴方は任務程度で死にません。――死ぬとしたら過労です」

「辞めてやるこんな極悪な仕事!」


 優しげに微笑んで言うことじゃない。死にに行けという命令よりも酷い。どうしてこれが女王なのだろうか。国中の人間が過労で死ぬのも時間の問題ではなかろうか。

 男の子なのに涙さえ流れそうになった時、室内で書類を整理していた女性、イストが感情の籠っていない声音で話し掛けてきた。


「ルドル。シエル様は民のことを第一に考えています。もちろん、それは貴方のこともです。ただ、シエル様が直接動かせる戦力は多くありません。今回のことも、本来ならば王国の騎士団が対応しなければならないことでしょう。それをせず、敢えて公には存在しない我々レーヌ近衛隊を使うと仰っているのです。国ではなく、シエル様直属の配下として、その気持ちを汲んで上げては頂けませんか?」

「……それは…………分かってるが」


 真面目に諭されてしまっては、子供のように我儘を言っている俺があまりにも情けないではないか。

 シエル女王が国の為に身を削る思いで日々頑張っているのは知っている。その力になりたいと思ったからこそ、シエル女王の勧誘を受けたのだ。

 その仕事内容があまりにも黒かったから、こうして騒いでいるが、何もシエル女王自身を嫌っているわけではない。

 二の句が告げられず黙っていると、王妃は穏やかな表情で語りかけてくる。


「ルドル。ドラゴンと言っても伝説上のような凶悪な魔物ではありません。今回の討伐対象は翼竜です。たかだか翼の生えた蜥蜴程度、貴方の敵ではないでしょう?」


 出来て当然というその態度からは、俺への信頼も感じ取れる。

 貴方だから出来ると持ち上げられているのを理解しながらも、悪い気分ではないのだから、自身のお手軽さに辟易してしまう。

 だが、まあ、ここまで言われて引き下がる程、男を捨ててはいない。


「ドラゴン討伐の任、承りました。ラメール王国の空に飛ぶ脅威のことごとくを、討ち滅ぼしてみせましょう」

「期待しています」


 民が愛する女王の微笑みに見送られ、俺は執務室を後にした。

 大仰にドラゴンと言っていたが、ただの翼竜というのなら問題はない。シエル女王が口にした通り、ただの翼の生えた蜥蜴でしかないのだから。

 さっさと狩って休暇申請を出そうと心に決めた。


 ――


「騙されたー!! もうほんとやだ。絶対こんな仕事辞めてやるからな――っ!?」

『叫ぶ暇があったら走って下さい。翼竜達の餌になりますよ?』


 頭に直接響くイストの声に呼応するように、高原で逃げ惑う俺の背後には、空を黒く染め上げる程の無数の翼竜が人間を喰い殺さんと迫ってきていた。


「馬鹿じゃないのかほんと馬鹿じゃないのか! 何が『翼の生えた蜥蜴程度、貴方の敵ではないでしょう?』だ! そりゃ一匹やそこらだったら楽勝だが、数百もの群れだなんて聞いてないぞ!?」

『正確には三百と二匹です』

「そんなことは聞いて――ないっ!」

『残り三百と一匹です』

「カウントするな!」


 こちらを喰おうと大口を開けた個体を振り向き様に斬り捨て、再び全力で走り出す。止まれば死という状況で数を減らすには、斬っては逃げるという方法しか取れない。


「もう二度とシエル女王の言葉なんぞ信じるか! 今回の仕事が終わったら退職届を出してやるっ」

『何十と目の前で破り捨てられながらも無駄な努力を続ける、その諦めの悪さに脱帽します』

「お前馬鹿にしてるだろう!?」

『いいえ全くこれっぽっちも。ついでに言えば、シエル様は嘘は付いていません。翼竜を倒せと命令しただけですので』

「敢えて口にしないのも悪意があるだろうが!」

『しっかりと仕事の詳細を確認せず、意気揚々と現場に向かった愚か者がなにか?』

「分からないことは聞く! 大事なことでしたね俺がわるーございました! ――だぁああ!! 鬱陶しい!!」


 横槍を入れるように攻撃してくる翼竜を斬り落とし、続けて近くの首を二つ斬り捨てる。

 これで残りは二百九十八匹。元が五百体と考えたら大分減ったが、それでも半分には至らない。

 討伐を開始したのが早朝だというのに、気が付けば日は傾き、翼竜達の合間から覗く空を茜色に染め上げている。

 これじゃあジリ貧だな。

 暗くなれば不利になるのは俺の方。出直すにしても、仲間を殺されて怒り狂っているこいつらを残せば、近くの村や街を襲いかねない。

 だからこそ、早いところ誘導して終わらせたい。


「イスト。目標地点まではまだか?」

『もう少しです。ただ、到着タイミングは日が沈み切った後になります。それでも向いますか?』


 これまで、人を散々と馬鹿にしくさっていたというのに、こういう時だけ不安げな感情を僅かに乗せるのだからずるい。

 俺は見えていないのを承知で、応えるようにしっかりと頷く。


「――安心しろ。この先の峡谷で、きっちりと首なし蜥蜴にしてやる」


 ――


 日も暮れ、夜空を輝く星々が飾り付ける頃。

 私は、ある貴族の男を王城へと呼び出していた。

 謁見の間の玉座から、頭を垂れる小太りの男を冷ややかに見下ろす。


「さて、オルデュール伯爵。何故この場に召還されたのか、理解しておりますか?」

「シエル女王陛下のご期待に沿えず。僭越ながら、ご用向きをお聞かせ願えないでしょうか?」


 白々しい。

 私に呼び出されて尚、自身のしでかしたことを理解していないなどあるはずもない。それこそ、余程の愚か者でない限り理解していよう。

 惚けても構わない。ただこちらは逃げ道を塞ぎ、冷酷に告げるまで。


「なるほど。理解できないと? ならば問いましょう。貴方は何故、捕獲の禁止されている翼竜の卵を王都に持ち込んだのですか?」


 そこで初めて頭を垂れていたオルデュールは、怯えたように身体を震わせた。

 まさか、本当に私が気が付いていない思っていたのでしょうか? 本当に愚かとしか言えません。


「翼竜の……卵、ですか? 恐れながらそのようなもの、私は持ち込んでおりません」

「何故翼竜の卵が捕獲禁止されているのか、貴方はご存じでしょうか? 翼竜は卵が盗まれた場合、取り返そうと地の果てまでも追い掛けてきます。それも、一個盗めば、群れ全体が、です。事実、翼竜の群れによって滅んだ国すら存在します。故に翼竜の卵の捕獲は禁止されているのです」

「ええ、存じておりますとも。なんとも恐ろしいことでしょうか」


 大仰に、さも恐ろしいと声を震わせる道化に、吐き気すらもよおす。


「ならば何故、貴方は翼竜の卵を盗み、この王都へ持ち込んだのですか?」

「シエル女王陛下。それは大いなる誤解でしょう。私はそのような恐ろしい所業を行ってはおりませんとも。それとも、証拠があるとでも仰るのでしょうか? まさか、証拠もなしに貴族である私を罰するなどとは申しますまい?」


 たるんだ肉を引き上げ、下種極まる笑みを浮かべる。その姿は道化にも劣る畜生だ。

 証拠など出てこないという自信の表れなのでしょう。だからこそ、愚かと言わざる負えないのです。

 私が手を挙げると、謁見の間が開き、一人の兵士が室内へと入ってくる。

 彼は私に促されるままに、声高に報告をする。


「報告致します! オルデュール伯爵の王都屋敷にて、翼竜の卵が発見されました!」

「な……っ!」


 瞬間、真っ青になった愚者の顔はとても見物です。

 男は青から赤へと表情を変化させ、射殺さんとばかりに私を睨み付ける。


「貴様……っ! 貴族の屋敷を許可もなく暴き立てるなど、このような暴挙が許されるものか!? 他の貴族が黙っていないぞ!?」

「我が国を脅かす罪人の許しなぞ乞う必要はありません。この逆賊をひっ捕らえなさい!!」


 私の声に応え、傍に控えていた兵達がオルデュール元伯爵を捕える。

 抵抗らしい抵抗もできず、取り押さえられたオルデュールは、狂ったかのように笑い声を上げた。


「馬鹿め馬鹿め馬鹿めぇえ! もう手遅れだ! 既に卵を運ばれ、翼竜はこの王都へと向かっている! 数百にも上る群れから捕ったのだぞ!? 今更どうこうしたところでこの王都は壊滅だ。ひぃぃいいいはははははっ!」

「――本当に愚かですね。貴方は」


 呆れてものも言えません。


「ど、どういう意味だ? ここに翼竜の大群が攻めてくるのだぞ!? 貴様、狂っているのか!?」

「不敬な。狂っているのは貴方でしょう。本来、罪人である貴方にここまで告げる必要はありませんが、敢えて教えましょう。貴方の言う、翼竜の大群は既に討伐済みです」

「ば、馬鹿なことを言うな……。翼竜の大群だぞ? それも、数百の……。国すら亡ぼす大群を相手に」

「貴方が信じる信じないに興味はありません。連れていきなさい」

「はっ!」


 命令された兵達は、うわ言のように「馬鹿な……」と呟き続ける男を謁見の間から連れ出していく。

 ようやくやりたくもない愚者との会話から解放された私は、室内から兵を下がらせると、肩から力を抜いた。そして、彼を思い、口に笑みが浮かぶ。


「きっと、今頃『辞めてやる』とでも叫んでいるのでしょうね。私の騎士は」


 ――


「絶対辞めてやるからなー!」

『そのように叫ぶ暇があるのならば、早く帰還して下さい。いつまで私を待たせるつもりですか?』

「だったら馬車でも用意しろってんだよ! あーくそ。なんで帰りまで歩きなんだよ……」


 峡谷という狭い場所で、翼竜と相対する数を制限するという作戦でどうにか倒しきることに成功した。

 それでも、数が数だけに全てを倒す頃には日付が変わっていたようで、一日中付き合ってくれていたイストは少々お冠のようだ。

 前線で、しかも一日中翼竜の群れと戦うという無謀をさせられていた戦士に向かって、その態度はあまりにもあまりだと思うのだが。


「それで、シエル女王の方は片付いたのか?」

『はい。発端となった貴族も捕え、翼竜の卵も確保したとのことです』

「そうかよ。というか、そうでなかったらここまで苦労した俺が報われない」

『ただ、何故彼が王都に翼竜を呼びよせようとしたのかは分かっていません』

「……検討は付くが、相手がな」


 国の内部か、それとも他国か。

 ラメール王国を滅ぼしたい勢力がいるのは間違いない。

 そんな姿も見えない敵と戦っているのが、あの女王様かと思うと。


 ――私を助けてくれませんか?


 潤む青空に似た瞳を向けて懇願してきた女性を思い出し、天を仰ぐ。

 星々瞬く夜空。日が昇れば、また彼女の瞳に似た大空が広がるのだろう。

 ぼーっと夜空を見つめながら呟く。


「仕事辞めてー」

『きりきり歩いて帰って来て下さい』


 ――


「貴方に盗賊団討伐の命を与えます」

「ぜーったいに、い・や・だ!」


 翼竜討伐の翌日、シエル女王専用の執務室で、俺はシエル女王に告げられた命令を断固拒否していた。


「馬鹿なのかほんと馬鹿なのか? 昨日の今日でまたお仕事って何を考えてるの? というか王城に帰ったのが夜明けだから一日も経ってないんですけっ……~~っ!」

「もう一度告げます。早く盗賊団を討伐してきなさい馬鹿者」


 頭蓋に響く氷の礫の痛みに、頭を抱える。

 酷い。あんまりだ。あれだけの仕事をこなしたというのに、労いの言葉もなくこの所業。この有様を見れば、地獄の悪魔とて憐れむに違いない。


「嫌だ嫌だ嫌だ――!! これ以上誰が働くかー! 就業規則の見直しを! 働く者に適正な休暇を!!」

「大事の前の小事。国の民を思えばこそ、休むなんてとんでもありません」

「その民に俺が入ってないのだが?」

「……」

「目を逸らすなー!」


 扇で顔を隠す女王に直談判していると、普段通り無表情なイストが、紅茶を注いだカップを差し出してきた。


「落ち着いて下さい。シエル様とて、本来はこのようなことを言いたいはずありません。まさか、悪魔の所業この人サディストだなどと思っているわけではないでしょう?」

「それは、そうだが……」


 カップを受け取りつつ、言葉を濁すように一口。

 滅茶苦茶甘い。紅茶の味など一切しない。これは砂糖をお湯に溶かした液体だ。つーか、溶け切ってないし!


「貴方が苦労しているのは理解していますが、シエル様もまた苦労しているのです。であれば、直属の部下である我々レーヌ近衛隊が、その苦労を分かち合わなくてどうするというのですか?」

「いや、うん。それは一旦置いておいてだな。なにこの泥水。ほぼ砂糖そのものじゃねーか」

「? 甘くて美味しいでしょう?」

「ばっかじゃねーの」


 完全に味覚崩壊している。こいつこそ休日が必要なのでは?

 何故馬鹿にされたのか分かっていないイストは、首を傾げて不思議そうにしている。

 その仕草は可愛らしいが、出来上がった飲み物は一歩間違えれば兵器だ。ひたすら糖分を摂取させて俺を殺したのだろうか?

 俺が恐れ戦いていると、シエル女王が笑いを零した。

 シエル女王へと顔を向けるが、扇で隠し表情は伺えない。けれど、その瞳はどこか楽し気な感情を伝えてくる。


「ルドル、イスト。いつもありがとうございます。これからも宜しくお願いしますね?」


 普段なら聞けない労いの言葉に声を失ってしまう。

 思わず照れてしまい、顔を逸らす。


「……民の為とか言われても実感はわかないが、貴方の為なら、少しは頑張るつもりだ」

「誠心誠意、シエル様の為務めさせて頂きます」


 俺とイストの言葉を聞き、満足そうに頷いたシエル女王は、音を立てて扇を閉じると、それはそれはお美しい笑顔を浮かべた。


「では、盗賊団の討伐宜しくお願いしますね? 私の騎士様?」

「………………はっ。計られたのでは?」


 結局、女性達に手の平の上で転がされ、毎日働き詰めの毎日。一体いつになれば俺の休暇は取れるのか。それは女王のみが知っていることだろう。

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