第115話 俺と付き合ってるの、隠してる?

 わがまま……みたいだった!?


「ご……ごめん!? ウザかった!? 彼氏ヅラしすぎ!?」

「え!? 彼氏ヅラって……彼氏なんだから、いいんじゃないの?」


 彼氏なんだから、いいんじゃないの? ――その言葉が頭の中でエコーがかって響き渡るようだった。

 ああ、イイな……。改めて、瀬良さんにそう言ってもらえると……今更ながらに、じーんと感動がこみ上げてくる。


「そっか」と照れくさくて、ぎこちない笑みがこぼれていた。「彼氏……なのか」

「少なくとも私はそう思ってるけど」


 冗談っぽく笑ってそう言う瀬良さん。両手でぎゅっと包み込んだ俺の手を、太ももの上に置いて……。

 あ――と、ちらりと視線にそれが入ってしまうともうダメだ。

 意識した途端、薄い布一枚隔てて、柔らかな感触が手の甲に伝わってきて……ぞわっと胸の奥で何かが蠢くのを感じた。

 暗がり、二人きり、ベッドの上……と三拍子が揃って、それでなくても、限界ギリギリのブレーキが吹っ飛んでしまいそうだというのに、「んー、でもどうしようかな」なんて言いながら、瀬良さんは俺の手をマッサージするみたいににぎにぎしてくる。おそらく無自覚なんだろうけど、だからこそ、罪深いというか……! 意識をよそに向けようと、俺は逃げるようにそっぽを向いた。


「松江先輩になんて断ろう? どうしても納得いかない、て言ってて……また練習付き合うって約束してたんだけど」


 納得いかない、て……どんだけ、そのアプローチに自信持ってんの? 今まで、うまくいってきたのか?

 あ、でも……ありがとう、松江先輩。呆れたら、ちょっと冷静になれたわ。


「正直に言ったらいいんじゃない?」とちらりと俺は横目で瀬良さんを見た。「俺が嫌がってる、て」

「え、でも……」


 ぎょっとした瀬良さんには、明らかな動揺と躊躇いが見て取れた。視線を泳がせ、俺の手をぎゅっと力強く握りしめて……。気が進まないのは一目瞭然。

 そんな瀬良さんの様子に、そういえば――と脳裏をよぎったのは、早見先輩のもう一つの不穏な言葉だった。瀬良さんはどうなのかしら……と意味ありげに放った一言。


「もしかして……なんだけど」ごくりと生唾を飲み込んで、俺はおずおずと訊ねた。「俺と付き合ってるの、隠してる?」


 すると、瀬良さんはぱちくり目を瞬かせ、「うん」と戸惑いがちに頷いた。焦る様子も、後ろめたい感じもなく、あたかも、俺がそれを訊ねたことが心底、不思議そうに……。


「そっか……だから、か」


 納得しつつ、どこかでちょっと落胆している自分もいた。

 松江先輩に、俺と付き合ってることを言ってしまえば、毎晩のように『違います』と言わなくてよかったわけで。それをせず、万里に相談するほど困りながらも『違います』と言い続けたのは……俺と付き合ってることを隠したいから、としか考えられないよな。

 また、一緒に学校に登校したり、堂々とデートしたりとか……期待していなかった、といえば嘘になる。が――編入してきてからこのかた、瀬良さんは俺との噂のせいで嫌な目にあってきたんだ。今も、花音の『フィアンセ』になった俺に振られた、という不名誉極まりない噂が広まって、慰められまくってしまったばかり。これで付き合いだしたら、また周りに騒ぎ立てられるのは目に見えてる。隠したい気持ちはよく分かる。

 瀬良さんがそうしたい、というならば、俺は全力をもって隠すのみ、だ。

 決意を胸に、俺はぎゅっと瀬良さんの手を握り返し、


「大丈夫! 瀬良さんの気持ちは、ちゃんと分かってるから。俺が必ず、隠し通すよ」

「うん……」と微笑む瀬良さんはホッと安堵するわけでもなく、なぜか、力なく寂しげだった。「だって、また噂になったら……嫌な思いしちゃうもんね。――永作くんが」

「そう、噂になったら嫌だよね……って、俺!?」

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