第99話 笑ってる場合なの、永作?

「『コレジャナイ』感、半端ないんだけど」

「そうですね……」


 モールの三階にある映画館。そこの薄暗いロビーで、俺と国平先輩、そして早見先輩はただ突っ立っていた。

 およそ三時間の超大作。新しい監督を迎えて、幅広い層のファンの期待とプレッシャーを背負って封切られた待望の新作――を見終わって、俺たちは彼此二十分ほどそこで棒立ちしていた。もはや、等身大パネルだ。

 そんな俺たちの見つめる先には、今回の銀河大戦争シリーズ新作のポスター――の前で熱く語る男女が。


「あのシーンは、間違いなく一作目のあのシーンのオマージュだな」

「そうですよね! あのアングルにあのセリフは間違いないですよ。しかも、初期の主人公の孫にそれをやらせるって……テンション上がりますよね!」

「音楽もリスペクト感じたもんなぁ。アレンジしつつ、盛り上がるところだけ、同じメロディーなんだよな。あれは憎いな〜」

「憎いですねー!」


 二人は何を憎んでいるんだろうか。全く、ついていけない。

 周りの目も憚らず、夢中で大盛り上がりする津賀先輩と花音。本当に同じ映画を見たのだろうか……という会話の濃さだ。宇宙の果てに住む孤児が、隕石に刺さっていた伝説の剣を抜いたことで、宇宙の惑星全てを巻き込む大戦争に巻き込まれていく――と、それだけの話にしか思えなかったんだが。よく二十分も途切れることなく語れることがあるものだ、と感心してしまう。

 正直、俺は途中で寝そうになった。登場人物多い上に名前が難しいし、専門用語のオンパレードで字幕を読むので精一杯。おまけに、3Dのせいで、ビームやらデブリやら宇宙人やらいろいろ飛んでくるし……疲れた。ただただ疲れた。

 国平先輩なんて二回目だ。疲労の色が濃いのはそのせい。絶対に……そのせいだ。決して、あわよくば花音と良い感じになるかもしれない、なんて期待していたのに、全部津賀先輩に持っていかれて落胆しているわけでは――。


「ナガサックさ……セラちゃんに、誰か友達、紹介してもらえないかな」


 国平先輩―!? それは……それだけは、聞きたくなかったー! つい三時間前の、『歩くマッチングアプリじゃないんだから、こういうのはやめなよ』はどうしたんですか!? 

 

「そういうところよ、国平」


 ツッコミたいのに、さすがに居た堪れなさすぎて声が出ない俺の代わりに、信頼度百パーセントの切れ味抜群、折紙付の早見先輩の声がばっさりと国平先輩の頼みを切り捨ててくれた。


「節操がないわね。マッチングアプリに頼ってどうするの」


 って、もう俺、マッチングアプリにされてるよ。


「ええ!? でも、のりちゃんだって……人のつながりも立派な縁だ、て言ってたよね!? 友達からの紹介もありよね、てことじゃなかったの!?」

「そうね」早見先輩はふっと微笑を浮かべ、国平先輩の肩にそっと手を置いた。「よくつなげたわ、国平」

中継ぎ投手リリーフ!? て、いや、何も答えてくれてないし!?」

「見て」


 つと早見先輩がずらした視線の先には、珍しく血色良く色づいた肌をツヤツヤと輝かせ、生き生きと花音と語らう津賀先輩が。


「あんなに楽しそうに道広が女子と話してる。国平、あなたがつなげた縁なのよ」


 勲章でも授与しそうな勢いで誇らしげに言った早見先輩だったが……言われた国平先輩の表情は、決してすっきりすることなどなく、余計に曇っていった。


「今夜はお赤飯炊かなくちゃね」

「のりちゃんが炊くの!? ――て、違くて! やっぱり、答えてくれてないよね!?」

「答えは自分で見つけるものなのよ、国平。それが縁というものなの」

「それが縁……? もう縁が何なのか分からなくなってきたよ、のりちゃん!」


 早見先輩、すごい雑になってる。津賀先輩が幸せそうだからもう満足しちゃったんだな。結果オーライでこのまま適当なこと言って国平先輩を丸め込む気満々だ。

 国平先輩もよく懲りないな。まあ、この三人は中学からの仲らしいから、これはこれで楽しんでいるんだろう。

 隣でいつものようにわいわいと口論を始めた二人を傍らに、俺は津賀先輩と花音を眺めていた。

 津賀先輩だけじゃない。花音もすごく楽しそうだ。爛々と瞳を輝かせて、いつも以上に声色高く、早口で語り続けている。まるで古い友人と出くわして、昔話に花を咲かせているかのような。本当の旧知の仲とも言える『真くん』と遭遇したときとは大違いだ。

 すごいな、銀河大戦争シリーズ。俺はふっと笑ってしまった。


「笑ってる場合なの、永作?」

「ぐほっ!?」


 突然、背後から切り捨てられたようだった。変な声が出た。

 とっさに振り返ると、早見先輩と国平先輩が深刻な表情で俺を見ていた。


「あなたは瀬良さんに縁を切られそうなんでしょう?」

「すごい話題のつなげ方しますね?」

「あ、そうだよ。あれから連絡ついたの?」

「いや」聞かれて、思わず、俺は視線をそらしてしまった。「まだ既読もつかなくて……」

「電話したの?」と疑るような眼差しで早見先輩が訊いてくる。

「電話は……まだ……」


 覚悟が決まらなくて――なんて、さすがに情けなくて言えなかった。

 電話しようとすると、あの人が……松江先輩の姿が脳裏をよぎった。電話をして、もし、つながったとして、俺は瀬良さんになんて言えばいいんだ? 松江先輩のことを聞くのか? どんな答えを期待して……? どんな答えなら、俺は納得するんだ? そんなことばかり頭の中をめぐって、指が動かなくなってしまった。

 運命に身をまかせるように、ただ、瀬良さんの連絡を待つことしかできなかった。

 でも、それじゃダメだったんだよな。考えても答えが出ないことは、いつまで考えても答えは出ない……早見先輩の言う通りだ。

 大丈夫だよ――そう言ってくれた花音の声が頭の中で蘇る。それだけで、肩の力が抜けた。

 瀬良さんと会って、聞きたいことを聞けばいいんだ。納得できるまで話せばいい。宇宙人だった……なんてオチだけは絶対にないんだから。


「今日……帰ったら、電話してみます。つながらなければ――瀬良さんが帰って来るのを待ちます」


 まっすぐに早見先輩を見つめてそう答えると、早見先輩は「そう」と呆れたような、安堵したような、そんなため息をついた。


「とりあえず、今日みたいな誤解を招くような行動は慎むことね。二人きりで遊んでるところを見たら、国平じゃなくても、邪な妄想をして騒ぎ立てる浅ましい輩もいるわ。ただでさえ、あなたは瀬良さんが好きな『噂の彼』で、相葉さんの『フィアンセ』なんだから」

「そう……ですね」


 つい、苦笑してしまった。

 なんだか、ものすごくややこしいことになってきているな。信じる奴がいるとは思えないが……考えてみれば、瀬良さんが俺を好きらしい、なんていう噂だって、数日一緒に登校してきただけで、あっという間に広がったんだ。

 また、瀬良さんに嫌な思いをさせるわけにはいかない。


「気をつけます」


 初心に帰る思いで――顔を引き締め、俺は呟くように言った。

 あと二週間。せめて瀬良さんの留守を守らねば。彼氏として、今俺にできるのは、それくらいだもんな。

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