第98話 立派な縁よ

「あ……知ってるの?」


 虚をつかれたような国平先輩に、花音は自慢げに「もちろんですよ」と満面の笑みで答えた。


「うちの父が大ファンで。全部見てますよ。昔のもVHSで見ました」

「ぶ……VHS!? すごいね……」

「すごいですよねー、物持ち。うち、いろんな洋画のVHSが山のようにあるんですよ。デジタルリマスター版とは字幕が違ったり、音楽が違ったりするんです。だから、貴重なんですよ」

「へえ……」


 意外だ……と、俺は得意げに語る花音をまじまじと見つめてしまった。

 映画の話なんて、花音の口から聞いたことはなかったから――て、まあ、映画の話題を出したことなんてなかったんだから、当たり前だけども。


「実はさっき、上の映画館で見てきたんだ」と国平先輩は津賀先輩たちをちらりと見てから言った。「今からもう一回観に行くんだけど。今度は3Dで」

「すごーい。通ですね〜」

「俺はみっちーについてきてるだけで、なんだけどね。中学んときから、みっちーと映画見るのが習慣になっててさ」

「私もそうですよー。小さい頃から、父に付き合って観てただけで……でも、いつのまにか、詳しくなってるんですよね」

「そうそう」


 清々しく微笑む国平先輩に、つられたようにふふっと笑う花音。

 なんだ……この和やかな雰囲気は? ぽかぽかと心地の良い陽気の中にいるような……。

 ああ、これが微笑ましいってやつなのかな――なんて漠然と思ったときだった。


「相葉さんも一緒にどう?」


 ふと、そんな声がして、花音はぎょっと弾かれたように振り返った。


「え……どうって……?」

「映画、一緒に見に行かない?」ふっと微笑を浮かべ、早見先輩はさらりと言った。「興味、あるんでしょ?」

「興味……ありますけど……」

「うん、いいじゃないか!」と、急に津賀先輩が生き生きとした声を上げた。「なかなか女子で、銀河大戦争シリーズをそこまで網羅しているものもいない。ぜひとも、感想を語り合いたい! ナガサックも、どうだ?」


 おお……津賀先輩が急に積極的に。どうやら、スイッチが入ったようだ。よっぽど、嬉しかったのかな。花音が銀河大戦争シリーズに反応してくれたのが。

 メガネの奥でキラキラと輝く瞳は、夏休みにはしゃぐ子供のそれ。無垢な好奇心が宝石のように光を放っているみたいだ。そんな目で期待いっぱいに見つめられては、無碍に断ることもできない。遊園地行こうよ、と子供に言われる日曜日の父親とは、こんな気持ちなんだろうか。


「そう……ですね」と、俺はちらりと花音を見やった。「花音は……まだ時間、大丈夫?」

「うん……暇は暇なんだけど」


 恥ずかしそうにほんのりと頰を赤らめ、花音は俯いてしまった。まんざらでもないというか、嫌そうではないが……何か躊躇っているような……?


「嫌なら嫌でいいのよ。映画に興味があるなら一緒に行きましょう、て言ってるだけ。深く考えないで」


 早見先輩のその言葉に、俺ははっと気づかされた。

 そっか……幸せにしてください――なんて俺が意識させるような紹介の仕方をしてしまったから、花音は国平先輩と行動しづらくなっちゃったのか。映画は気になるけど、行きづらい……てこと?


「す、すみません! 俺が言ったことは気にしないで――」

「考えても答えが出ないことは、いつまで考えても答えは出ないわよ」


 するりと横入りでもするように俺の言葉を遮って、早見先輩はふっと目を細めた。


「ただ……少しでも興味があるなら――試してみたら分かることもあるとは思うの」

「そうだぞ、相葉!」と自信満々に津賀先輩が『夏休みの小学生』モード全開で続いた。「前作から監督と配給会社が変わってしまったせいで、不安になるのも分かる。確かに、最初は『コレジャナイ感』が半端なく不安になることもあるだろう。しかし、大丈夫だ、絶対に後悔はさせない。俺が保証しよう。信じてくれていい!」


 んん……? 気のせいかな。すごい気合い入ってるけど、津賀先輩、違う話してない?

 しかし、早見先輩は「さすが道広だわ」と言わんばかりの悦に入った表情だ。いまにも拍手でもし出しそう。本当に甘いよな。国平先輩が同じことしていたら、どんな言われようだったことか。想像するだけで痛ましくて肝が冷える。


「とりあえず、私たちは先に行くわね。あとは君たちに任せるわ」


 早見先輩は国平先輩の腕を掴んでそう言ってから、花音に控えめに微笑んだ。

 

「永作のやり方は洗練さのかけらもなくて、下品で杜撰で嫌いだけれど……人のつながりも立派な縁よ、相葉さん」


 いや、早見先輩……良いこと言ってくれてる気はするんですけど。前置き……!

 待ってるぞ――という津賀先輩の力強い言葉を残し、おそらく、映画館へとつながるエスカレーターへと向かった三人の後ろ姿を見送って、花音は苦しげなため息をついた。

 はっとして見れば、いつのまにやら花音の顔は真っ赤に染まり、その瞳は戸惑ったように揺れていた。


「大丈夫……ですか!?」

「うん……なんか、初めてかも」と花音は長い睫毛を不思議そうにぱちぱちと何度も重ね合わせ、胸元を押さえた。「ぐっと来ちゃった」

「ぐっと……何が来たんです?」


 くすりと花音は意味ありげに微笑み、俺を見上げた。


「映画、見に行かない、圭? 興味――出てきちゃったかも」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る