第96話 幸せにしてください!

「花音……!」


 とっさに花音の腕を掴み、俺はフードコートを走り出していた。


「え、なに? なに?」


 戸惑う花音の声を背に、俺は人混みの中に消えていく人影を必死に追いかけ、


「国平先輩!」


 と呼び止めた。

 弾かれたように振り返った国平先輩の目の前まで来て立ち止まり、俺はばっと両手の先を相葉さんに向けると、


「こちらは、俺の友達の相葉花音さんです! 瀬良さんと付き合うきっかけをくれた人で、今日も相談に乗ってもらってたんです。めちゃくちゃ話しやすくて、笑顔が眩しくて、一緒にいるだけで元気をもらえるすごい人で……花音がいなかったら、今の俺はないというくらい、俺にとって大事な人なので――」


 一息でそこまで言って、俺はばっと頭を下げた。


「幸せにしてください!」

「重いよ! なに、その友達紹介!?」

「重い……!?」


 そろりと顔を上げると、国平先輩の狼狽した顔が。

 全然、乗り気じゃないどころか、引いてる? あれ……ダメだった? 彼女募集中で、出会いを求めていたはずじゃ……。


「こら、圭! さすがに無いでしょ!」


 キーンと突き刺さるような声が横から鼓膜を貫いた。


「勝手に紹介しないでくれる!? そんな単純な話じゃないでしょー」

「だ、ダメでしたか!?」

「ダメダメダメ!」


 ポニーテールを振り乱し、花音は真っ赤な顔をぶんぶんと横に振った。


「男の良さは見た目じゃない、て圭に会って学んだんだもん! もう見た目に騙されたりしないんだから。次は、見た目はそこそこ地味な人と付き合うの!」

「俺に会ってそんなこと学んでたんですか!?」


 って、いや、そこはいい。褒め言葉として頭の片隅に有難く封じ込めておくとして。


「でも、国平先輩は見た目だけじゃないんですよ!? 国平先輩は――」


 言いかけた俺の声を「そうだぞ」という津賀先輩の頼もしい声が遮った。


「国平はすごくクロールが速い。引くくらい速い」

「あと、手も早いわね。引くくらい」

「うまい――じゃないよ、のりちゃん! そんなことないからね!? 誰に聞いたの!?」

「勝手なイメージかしら」

「勝手過ぎるよ!」それに……と、国平先輩はムッとして津賀先輩を睨んだ。「みっちーもひどいじゃん。なんで、クロール!? 他にはないの!?」

「あと、カメラに愛されている」

「受け止め方が分からないよ、いろんな意味で!」


 ぷっと、一人だけ吹き出す早見先輩。津賀先輩は本気で褒めたつもりだったのだろう、突っ込まれてショックそうに顔をしかめている。

 ああ……ダメだ。津賀先輩たちが――ていうか、早見先輩がいると、国平先輩のネガキャンにしかならない。国平先輩のいいところが全く花音に伝わりそうに無い。

 花音も三人のノリについていけない様子で、渋い表情になっちゃってるし……。

 確かに、軽率……だったのか? 花音と国平先輩がお似合いに思えてしまって、つい、一人で盛り上がって……。こんなことされても、迷惑でしかない……のか?

 後悔しかけた、そのときだった。


「この通り」と、落ち着いた声が聞こえた。「国平のいいとこなんて顔だけ。人を騙せるほど賢くもないし、浮気できるほど器用でもない。手が早いわりに、テクニックも大して無いわ。でも……とりあえず、友達になってみても損はしないと思う」


 早見先輩……!?

 ぎょっとして振り返れば、相変わらずの無表情で、微笑みなんて一ミリたりとも浮かんでいない――が、確かに、聞こえた。トゲトゲしい口調ではあったけど、その中に大事に包んだ想いのようなものが伝わってきた。

 なんだ……と、ぐっとこみ上げてくるものがあった。やっぱ、口ではいろいろ言ってても、早見先輩は国平先輩のことをちゃんと認めていて――。


「ひどいよ、のりちゃん! そんな言い方しなくてもいいじゃん」


 って……国平先輩!? ひどいって……まさか、気づいてない!? 今のは、明らかに褒められてましたよ!? 最後は余計だったけど……。

 早見先輩、いつにも増して冷たい眼差しで国平先輩を睨みつけてる……。『まじ、ねぇわー』て心の声が聞こえてきそうだ。

 初めてだ。初めて……俺は、早見先輩に同情していた。そして、なんとなくだが……なぜ、早見先輩が無慈悲なまでに国平先輩に冷たくなったのか、その長く険しい道のりを見た気がした。

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