第93話 大丈夫だよ
「なんで、そんなこと言うのかなぁ」腕を組むと、花音はふくれっ面で俺を睨みつけてきた。「本当にそう思ってるの? 君は二週間も瀬良さんに会えなくて平気なの?」
「それは……もちろん、平気じゃないですよ! 本当は――」
二週間も会えないなんて、僕が耐えられない。まだ飛行機、乗ってないんだろう? もう沖縄行くのはやめて帰ってきたらいいじゃないか――そんな言葉が、記憶から転がり落ちてきて今にも口から出そうになった。
かあっと喉が焼けるように熱くなって、ひどい羞恥心に襲われた。
まじか……と、自分で自分に失望して、耐えようのない敗北感がのしかかってくる。まさか、松江先輩を羨ましい……なんて思ってしまうなんて――。
「でも」とうつむき、俺はまるで自分に言い聞かせるようにつぶやいていた。「瀬良さんも困るじゃないですか。行くな、なんて言われても……」
「まあ、ね。行かないでくれー! なんて泣き叫ばれたら引くだろうけど……って、そういう話じゃなくてさ。引き留めろ、て言ってるんじゃないんだよ。儀式――みたいなものなの」
「儀式……?」
思わぬ単語が出てきて顔を上げると、花音は待ち構えていたかのようにニッと無邪気に笑った。
「寂しい、とか、好きだ、て言葉がほしいだけ。そういう気持ちが知りたいの」
「へ……」
知りたいって……でも、それは知っているはずでは? だからこそ、付き合い始めたわけで……。
困惑して自然と眉間に力が入っていた。相当な渋面になっていたのだろう、花音はぷっと吹き出してから、
「そんなに難しく考えないでいいから」とパタパタと片手を振った。「とにかく、瀬良さんと会って話せばいいの。他にも聞かなきゃいけないこともあるんでしょ」
言われて、ぐっと顔がこわばった。
ああ、そうだ――松江先輩。
考えるだけで、ずんと胃が重たくなるようだった。親しげに瀬良さんと話す、あの低い声が耳にこびりついたように離れない。
聞かない……わけにはいかないよな。盗み聞きだったとはいえ、あんな会話を聞いてしまったんだから。
でも、いったい、どう切り出したらいいのかも分からない。
その名を俺が口にしたとき、瀬良さんがいったいどんな顔をするのか……考えただけでぞっと身が竦んで――。
と、そのときだった。
「大丈夫だよ」ふいに、慰めるような花音の声がした。「瀬良さんは、別に宇宙人ってわけじゃないんだから。少なくとも、言葉は通じるよ」
あどけない顔に向日葵みたいな笑顔を浮かべ、花音が放ったその一言。まるで冗談でも言うみたいな……そんな軽く投げかけられた言葉が、心にすうっと染み入るようだった。
不思議と、肩の力が抜け、身が軽くなった気さえした。
目から鱗……だった。
もしかしたら、花音は本当に冗談のつもりだったのかもしれないけど……俺には、なにより、説得力ある言葉に思えて、参ったな――と、つい笑みが溢れていた。
花音の言う通りだ。何を身構えることがあったんだ。瀬良さんは瀬良さんだ。沖縄に行って帰って、いきなり、宇宙人になるわけでもなし。話せばいいだけだよな。前みたいに……。
「そうですよね」と、俺は花音を見つめ、力強く相槌打った。「宇宙人だった、で納得するわけにはいかないですよね」
「いや、宇宙人だろ!」
花音――の口は閉じられたまま。が、よく聞き覚えのある声が突然、響き渡った。
さあっと血の気が引くような嫌な予感がして、辺りを見回すと……NASAと大きく書かれたTシャツを着たメガネの男がこちらに向かってきていた。
「どう考えても、最後に撃たれたのは宇宙人だよ。血の色、違ってただろ」
「そうは言ってもさ、みっちー。宇宙が舞台の映画なんだから、皆、宇宙人だよね。地球も出てこないんだし……その質問は、何をもって、みっちーが『宇宙人』と呼ぶのかに寄らない?」
「屁理屈を語る男は気持ち悪いわよ、国平」
「相変わらず、俺にだけ当たりが強いよね、のりちゃん!?」
スキニーデニムをまるで長年着慣れた制服のごとく履きこなすイケメンと、おっとりと落ち着いた雰囲気漂う少女を背後に引き連れ、こちらに歩み寄ってくるその男は、あ、と明らかに俺に気付いた様子で立ち止まった。
そして、たちまち、顔を青くし、
「ナガサックが浮気しとるー!」
津賀先輩はフードコートに響き渡らん声で叫んだ。
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