第90話 未だに、分かりません!

「付き……合ってる?」


 訝しげに俺をしばらく見つめてから、「ええ!?」と裏返った声を上げて、花音は勢い良く飛び退いた。


「なんで? なんで!? どうゆうこと!? ぷろ……プロポーズは!?」


 ああ、そうだった……と今更ながらに本来の目的を思い出し、俺はピンと背筋を伸ばしてから頭を下げた。


「すみません! 俺の言葉が足りなかったみたいで、俺と『真くん』との口論を聞いた誰かが勘違いして、俺が花音にプロポーズした、なんて噂を広めたようで。ご迷惑をおかけしました!」

「ええええ……? さっぱり、分かんないんだけど。どんな口論をしたら、そんな噂になるの!?」

「ああ、それは」と俺は体を起こして頭をかいた。「どうやら、俺が花音を『運命の人』と言ったのが原因ではないかと」

「それは本当に言ったんだ!? ――って、そうだよ! 昨日の電話でも言ってたよね!? だから、私も信じちゃったのに! なんで!? なんで彼女がいるのに、私が『運命の人』なの!?」

「その彼女に――瀬良さんに気持ちを伝えるきっかけをくれたのは花音だから」

「へ……」と花音は目を瞬かせた。「私……が?」

「きっかけは、あのときのドーナツ屋なんだ。ドーナツ屋で、花音が俺の相談に乗ってくれて、瀬良さんにちゃんと謝れ、て言ってくれたから……だから、瀬良さんと向き合えて、自分の気持ちにも気づけたんだ。あのとき、花音に相談乗ってもらえてなかったら、なんで瀬良さんに避けられてるのかも分からなくて、ただ悶々と悩んでいただけだったと思う」


 言ってて我ながら情けなくなってくるが、事実なのだから仕方ない。

 恥ずかしさに微苦笑をこぼしつつ、俺は改めてまっすぐに花音を見つめた。


「だから……花音は、俺の運命を変えてくれた大事な恩人なんだ。俺が幸せになれたのは花音のおかげだから、花音にも幸せになって欲しいって、そう思って……」

「なにそれ!?」


 花音はぎゅっと両手の拳を握りしめ、震えた声を響かせた。力の入った肩は小刻みに震え、見開かれた大きな瞳は輝く水面のように潤んで……て、え!? 泣いてる!?


「か……花音!? どうした――」

「超嬉しいよー」突然、わっと子供みたいに泣き出し、花音は両手で顔を覆った。「私、そんな風に人の役に立てたの初めてな気がする。そっかぁ、そっかぁ。幸せなんだね、よかったね、圭〜」

「あ……ありがとうございます」


 あれ、なんだろう、これ。俺も目頭熱くなってきた。


「そういうことだったんだね」と、花音は何度も頷き、涙を拭いながら晴れやかな笑みを浮かべて俺を見上げてきた。「バスケのこと、ちゃんと謝ったんだ。エライじゃん! それで、一緒にバスケの練習することになって、仲良くなったワケだ」

「バスケ……?」


 もう懐かしささえ感じるその単語に、こみあげてきた涙が一瞬で引っ込んだ。

 そういえば、他にも謝らないといけないことがあるような……。


「バスケ……じゃなかった? あのときの相談って……。バスケの練習に付き合ってほしい、て言われたのを断ったら泣かれちゃった、んだよね?」


 ポニーテールをぴょんと弾ませ、小首を傾げる花音。その仕草のあまりのあどけなさに、きゅんと自分の胸が鳴くのが聞こえた気がした。まるで真っ白な仔ウサギでも見ているかのよう――って、いやいや! 和んでる場合じゃない! 俺はハッと我に返って、慌てて手を左右に振った。


「そうでした! そうじゃなかったんです!」

「ええ? なに? どっち!?」

「あんなに親身に相談に乗ってもらったのに……すみません! 実は、全部、俺の勘違いだったみたいで。瀬良さんが好きだったのは、バスケじゃなくて俺だったんです!」


 言ってから、三秒ほどの間があって、ぼっと自分の顔が赤くなるのが分かった。勢いのまま、とんでもなく恥ずかしいことを自分で言ってしまった気がする。

 花音は呆気にとられた様子でぼうっと俺を見つめてから、あからさまに顔をしかめ、

 

「どうやったら、そんな勘違いできるの!?」

「未だに、分かりません!」

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