第85話 電波……?
一時にモールの入り口で待ち合わせ……か。
相葉さんからのメールを確認しながら、夕焼けが茜色に染める帰路をとぼとぼと一人歩いていた。
明日は誠心誠意を込めて謝罪をせねば――決意を胸にぐっとスマホを握りしめる。しかし、謝罪のときってどんな服装で行けばいいんだろうか? Tシャツしか持ってないけど……。
空を振り仰げば、哀愁漂う細く伸びた夕焼け雲が浮かんでいた。コンクリートの道が延々と続く住宅街で、どこからか聞こえて来るひぐらしの鳴く声がまた寂しさをそそる。
夏休みももうすぐ終わってしまう。そんなときに、俺は謝罪のTシャツ選びをするのか。いったい、何をやってるんだ。
夏休みは瀬良さんとあんなことやこんなことをするんじゃないか、と想いを巡らし、期待に胸をときめかせ、眠れない夜もあったというのに。そんな日々も、遠い昔のように思える。
会えなくても、瀬良さんとは家が隣同士で、その存在をすぐ近くに感じられた。寝る時だって、背にした壁の向こうにきっといるんだ、て思えて、勝手に満たされていたんだ。そんな立地環境に甘えていたところがあったのかもしれない。
手も、声も、電波も届かない――そんなに遠く離れることなんて、出会ってから初めてだ。
二週間くらい会えなくても平気だ……なんて、よくも言えたもんだな。まだ半日でこの有様だってのに。
握りしめる手を緩め、ちらりとスマホを見る。もはや、秋田犬の眼差しも憐れむような同情のそれに見えてきた。『そんなに見つめられても、瀬良さんからの連絡なんて無いんだワン』みたいな……!?
惨めすぎる。壁紙の犬とまで会話しそうになってきてる。ああ、せめて、電波だけでも届けば……!
ちょうど、瀬良さんの家の前にたどり着いたときだった。はあっとため息ついて立ち止まり……。
「電波……?」
ふいに気づいて、ハッと顔を上げた。
そうだ。もしかして、電波に何か問題が!? 台風とか……!?
「てか……まさか、瀬良さんに何かあったとか……」
ぽつりとそんな言葉が口から転がり出て、ぞっと全身があわだった。恐怖に身体が絡めとられたようだった。寝てもいないのに金縛りにあったように身体が動かない。
いや、まさか、そんなわけあるか――と否定する声は虚しく頭の中で響いているのに、心臓は慌てふためくように激しく鼓動を打ち鳴らしている。
だって、おかしいよな? いくら別れ方が穏やかじゃなかったとしても、俺からの連絡をただ無視するなんて瀬良さんらしく無い。松江とかいう先輩からあの噂のことももう聞いているはずなのに、それでも何も連絡がこないのって……連絡できない理由があるんじゃ――?
悟ったような閃きとともに、背筋に悪寒が走った。
いてもたってもいられず、とにかく電話してみよう、とスマホを構えた。
そのときだった。
「いや、だから家の前だって」と聞いたことの無い低い声がして、目の前に人影がぬっと現れた。「そうそう。沖縄行ってると思わなかったからさ。会いに来たんだ」
はは、と爽やかな笑い声を響かせ、瀬良さんの家の門から出てきたのは、すらりと背の高い男だった。長めの癖っ毛の栗色の髪を一つに結び、黒縁メガネをかけたその男は、スマホを耳にあてながら瀬良さんの家を振り仰いだ。
「なんで……て冷たいじゃないか。分かってるだろう。僕はまだフラれたとは思ってない。君はまだ愛というものを分かっていないね。僕の愛は山よりも高く、海よりも深いんだよ、印貴」
どこの北条さん!? じゃなくて……いや、誰!? 印貴って……電話の相手、瀬良さん!?
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