第84話 圭――あんた、何言うつもり!?
そりゃそうだよね!?
瀬良さんのことばかり気にして、おそらく一番、迷惑を被ってしまっているだろう人の存在を失念していた。
勝手に元カレに喧嘩を打った挙句、駅前でプロポーズ――なんて、ドーナツ屋でちょっと話したくらいで何を勘違いしてるんだ、とドン引き間違いなし。馴れ馴れしいなんてもんじゃない。噂の伝わり方によっては……下手すりゃ、通報もの!?
すべては相葉さんへの感謝の念からの行動だったはずなのに。ただ、相葉さんの力になりたかっただけなんだ。相葉さんが俺にしてくれたみたいに……。
いったい、何をどう間違えたんだ? なんで、恩を仇で返すようなことに……いや、そもそも――そういう恩返しみたいな気持ちが少しでもあったのが、おこがましかったのかもしれない。
とにかく、謝らなくては……!
震えるスマホを握りしめ、立ち上がったときだった。
「圭――あんた、何言うつもり!?」
くわっと噛み付くような勢いで、万里がそう俺を呼び止めた。
「何って……謝罪に決まってるだろう。プロポーズしたことになってるんだぞ?」
「そういうことじゃなくて」と万里は苦渋に満ちた表情を浮かべた。「あんたは説明がアホほど下手くそだから、心配なの。また誤解を招くようなことを言いだしそうでさ」
「これ以上、誤解が生まれるか? プロポーズしたことになってるんだぞ、プロポーズだぞ!?」
思わず、二回言ってしまった。
「うん、そうね。まあ、そうなんだけど……」
早く、電話に出なくては。急かすように手の中で震えるスマホに焦りが募る。
口ごもって何やら考え込んでしまった万里に、それ以上は待ちきれず「もう行くからな」と背を向け、駆け出していた。
「あ、圭!」と背後から万里の慌てる声がした。「向こうも突然のことでわけ分かんなくて困惑してるだろうから……とにかく、落ち着いて伝えるのよ! あんたはほんと言葉が足りないんだから! 『運命の人』じゃ、ダメだからね!? どういう意図で『運命の人』なんて言ったのか、略さず、きっちり伝えること!」
「分かったよ」
振り向きざまにそれだけ言って、俺は視聴覚室から出た。
後手に扉を閉めて、深呼吸。
落ち着いて伝える、だったよな。俺は言葉が足りないから、『運命の人』と言うまでに至った意図を略さずに伝える――と。
万里のアドバイスを頭の中で復習してから、気を引き締めて電話を取り、
「相葉さん、すみませんでした!」
甲子園の球児のごとく、きっちり九〇度を描いて腰を折り、歯切れの良い声で俺は謝罪した。
『え、え?』
ああ、本当だ。万里の言う通り、困惑している様子が声から充分に伝わって来る。
「あの……すでにお聞き及びのことと思いますが、プロポーズの件で俺の方からお伝えしたいことがありまして」と、廊下を歩きながら、俺は万里に言われた通り、気を落ち着かせて話し始めた。「突然のことで、困惑しているかと思うんですが……俺なりにきっちり伝えようと思うんで、落ち着いて聞いてもらえますか!?」
しばらく、沈黙があってから『はい』と神妙な声がした。
相葉さん――らしくない気がした。溌剌と弾んだ声はどこへやら。元気がない……とは少し違う。緊張しているような……? やっぱ、警戒されてる!?
まあ、そりゃそうだよな……。一回、ドーナツ屋行って話しただけで、いきなり、プロポーズしてきた奴だもんな。電話するのも、細心の注意を払わないとどんな勘違いされるか分かったもんじゃない。
俺でも警戒するわ。
とりあえず、まずは誤解を生むに至った経緯を説明しよう。略さず、きっちり伝える、だったよな。俺は言葉が足りないから、『運命の人』だけじゃダメだ、と……。
よし……!
「きっかけは、ドーナツ屋の一件なんです。あのとき、相葉さんに抱いた想いというのは、『運命の人』という言葉だけでは足りないもので……。あのときから、相葉さんは俺にとってすごく大事な人なんです。だから、今日、駅前で偶然『真くん』に会って、『真くん』が相葉さんの話をするのを聞いていたら、腹が立ってしまって……おこがましくも、つい、相葉さんを幸せにしたい、なんて――」
『ま、待って!』
動揺もあらわに揺れる声が、スマホの向こうで響いた。
思わず言葉を切り、足も止めて待っていると、
『あの……さ、その続きは直接聞きたい、かも』
「直接……?」
『うん。だってさ……そういう大事なことは、ちゃんと会って聞きたいじゃん?』
「あ……」
そう……か。電話で謝罪を済まそうなんて、俺はなんて礼儀知らずなことを……!?
反省の色がない、とブツリと電話を切られてもいいくらいなのに。やんわりと遠慮がちな声で指摘してくれる相葉さんの優しさよ……。
「そうですよね!? すみません! こういうことは、ちゃんと相手の目を見て伝えるべきですよね」
『へへ』と、なぜか、相葉さんは電話の向こうで照れたように笑った。『じゃ、明日とか空いてる?』
「ガラ空きです!」
『じゃ、駅前のモールは? ちょうど、洋服買いに行こうと思ってたの』
「あ……はい、俺でよければお供します!」
『決まりだねー。時間はあとでメールするから』
すごい。ちゃっちゃと予定が決まっていく。俺と森宮だったら、ここまで決まるのに一体メールを何往復していることか。敏腕秘書の如きその手際の良さに圧倒されている間に、『じゃ、また明日』と相葉さんは満足げに締めに入っていた。
『初デートだね』
「は……?」
ん、初デート……?
聞き返す隙もなく、電話は切れて……何も聞こえなくなったスマホを耳に当てたまま、俺は呆然と立ち尽くした。
いや、まさか。聞き間違い、だよな?
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