第83話 よっぽどなのか……!?

「喧嘩……ではないと思うが……」

「いや、『ごめん』って何かしたんでしょ!?」

「どちらかと言えば……何もしなかったくらいで……」

「はあ!?」と万里は端正な顔立ちを惜しみなく歪めた。「どちらかと言えば、て、何よ!? なんで、そんな呑気なの!? 『ごめん』に既読もつかないとか、よっぽどでしょ!」

「よっぽどなのか……!? いや、でも、飛行機では電源切るよな? 沖縄は圏外かもしれないし……」

「沖縄は圏外じゃないわよ」


 一瞬にして冷え切った万里の声には、もはや張りもやる気もなくなっていた。さっきまで、叱咤する声には少なくともじょうと言えるものを感じていたというのに。いつもキリッと切れ長の目は鋭さを無くし、『津賀道広監督作品つまらんもの』を見るような眼差しで俺を見ている。

 あ、見捨てられた――と悟った。


「恋人と何かあったら……」ふいに、早見先輩がぼんやりとつぶやいた。「いつも以上に気になってケータイはチェックしちゃうものだけれど。どうしたのかしら? 既読もつかないというのは、『ごめん』て文字を見るのも嫌なくらい頭に来ているのか、ブロックされたとしか考えられな――」

「ケータイ、落としたんじゃないかな!?」


 不自然なほど上擦った声を上げ、国平先輩が早見先輩の言葉を遮った。その慌てっぷりと、モデル顔負けの整った顔立ちも台無しな引きつった笑みに、未だかつてないほどの不安が襲いかかってきた。

 なに、この……回りくどくも満場一致な雰囲気!?


「つまり――ブロックされてるってことですか!?」

「なんで!?」と国平先輩の素っ頓狂な声が響き渡る。「違うって、だから……ケータイの充電が切れたとか、旅行中はケータイ禁止って家族ルールがあるとか……」

「国平……あなたは写真がちょうどいいわ」

「新しいけど、それ、どういう意味!? 黙ってろってこと、のりちゃん!?」

「とにかく、もうこの話は終わりにしましょう。この手の話は、道広が何もコメントできなくて寂しい思いをしてしまうわ」


 なんですか、その理由!?

 確かに、津賀先輩、さっきからぼうっと一点を見つめて黙り込んでしまっているけど。一人寂しくベンチに座るサラリーマンのよう――じゃなくて、借りてきた猫、か。


「そういえば、道広が見たがっていた銀河大戦争シリーズの新作、もう公開されてるわよね」


 復活の呪文でも唱えるかのように、早見先輩は椅子に座るや、そっと津賀先輩に囁きかけた。すると「おお、そうか」とキラリとメガネを光らせ、津賀先輩は顔を上げた。


「ありがとう、早見。あれは大画面で見なくては」

「あ、俺も見たかったんだ」

「ブルーレイは三ヶ月後よ、国平」

「大画面は!?」


 息を吹き返したように生き生きと語り出した津賀先輩に、早見先輩と国平先輩がわいわいと、仲がいいんだか悪いんだか、小競り合いにも聞こえる合いの手を入れる――すっかりいつもの光景だ。

 話題も変わり、空気も切り替わった視聴覚室で、俺の心は置き去りにされたように沈んだまま。

 恋人と何かあったら……いつも以上に気になってケータイはチェックしちゃうものだけれど――そうつぶやいた早見先輩の声が頭から離れない。その通りだ、と思ってしまった。俺だって、今日だけでいったい何回、秋田犬の顔を見たことか分からない。喧嘩したつもりはなかったけど……それでも、あんな別れ方をして気になってしかたなかったんだ。瀬良さんから連絡がないか、ケータイを確認しては落胆してた。

 瀬良さんは……どうなんだ? 気にもしてない、てことなのか……? それとも、俺、よっぽど怒らせるようなことをしたんだろうか? それで、ブロック――!?

 ぞっとした、そのときだった。

 握りしめていたスマホがブーっと勢いよく震えだした。あまりに驚き、落としそうになりながらも、画面を確認すると――、


「印貴ちゃん!?」


 横から飛んできた万里の期待に満ちた声に、俺は「いや」とこわばった声で答えた。


「相葉さんだ……」

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