第82話 瀬良さん……隠してる、てことですか?
「ずっと、気になってたんだけど……」さらりと髪を耳にかけ、早見先輩はおっとりとした目を鋭く光らせた。「あなたたちって、付き合ってること隠してるの?」
「はい?」
隠してる……?
「そんなつもりは……ないんですが」
とはいえ……思い返してみれば、確かに、今まで誰にも言っていない。俺と瀬良さんが付き合っているのを知っているのは、万里と先輩たち三人……あとは、蘭香さんくらい。
照れ臭かったからだろうか、撮影中に瀬良さんと顔を合わせても当たり障りのない話をするだけで、自然と距離を置いてしまっていた。おかげで、遊田も小日向さんも探りを入れてきたことさえなく……あの二人に知られることもなく、撮影も終わっていた。
親友というのは癪だが――悪友とでも言えばいいのか、戦友とでも言えばいいのか――この学校で俺の唯一の理解者である森宮にも報告していない。あいつが知ったら……なんと言われることか。一休さんのような見た目で、閻魔大王さながらの辛辣な判決文を述べまくることだろう。
急に後ろめたさのようなものを感じて、俺は頭をかいていた。
なるほど、はたから見ていたら『隠している』と思われても仕方なかったかもな。
「聞かれなかったので、言わなかっただけで……。わざわざ、人に言って回るようなことでもないでしょうし」
「ふうん」と意味ありげに早見先輩は相槌打ってから、「瀬良さんはどうなのかしら?」
「へ……?」
瀬良さん……?
ぽかんとしていると、早見先輩はついと俺から目をそらし、万里に視線を向けた。
「松江に迫られてた、て言ったけど……瀬良さんは永作と付き合ってることは言わなかったのかしら? 彼氏がいるんだ、て言えば、しつこくされることもなかったでしょうに」
「あ――」
確かに、そうか。
「瀬良さん……隠してる、てことですか?」
「いや、それは――!」
慌てた様子で万里は声を上げ、そしてすぐに言葉を切ってしまった。
なに、その寸止め!? 怪しい。怪しすぎる。聞いてくれ、と言わんばかりではないか。
じいっと疑るように見やれば、口に何千年も漬け込んだ梅干しでも詰め込んでるかのように、万里は頬を強張らせ、渋い表情を浮かべている。切実な眼差しを俺に向け、唇を硬く閉じ、まるで今にも……。
俺はハッとして、万里の肩に手を置いた。
「吐きそうなのか!?」
「違うわよ!」かあっと顔を赤らめ、万里は俺の手を払い除けた。「あんたも……そういうとこよ! 気を回すところに気が回らないんだから!」
「気を回すところに気が……え、なんだって?」
「うるさい! 人の気も知らないで……あんたのそのアホさ加減はもはや公害だ!」
「公害!?」
「あのねぇ、印貴ちゃんはあんたが――」
と、興奮もあらわに万里が威勢良く言いかけた、そのとき。
パン、と乾いた音が響き渡った。
ハッとして俺と万里が振り返った先で、
「そこから先は本人に聞いたほうがよさそうね、永作」と、早見先輩が両手を合わせて立っていた。「瀬良さんにも何か理由があるんでしょう。ね、乃木さん?」
「はあ」
しゅんと急にしおらしくなって、万里は気まずそうに俯いた。
いや……理由があるというなら、ここで聞いてしまいたいんだが。なんで、早見先輩は止めるんだ?
そわそわとする俺に、「永作」と諭すような落ち着いた声色で言って、早見先輩は微笑を浮かべた。
「痴話喧嘩もちょっとした前戯みたいなものなんだから。一人で先走りはよくないわ」
「やめてくれますか、その言い方!? いろいろと語弊があるんで……!」
この人は、対応が大人なんだか子供なんだか、もはや分からない。真面目に言ってるのか、からかっているだけなのか……。
「前戯かどうかは置いといて」と、国平先輩はひきつり笑みを浮かべて、早見先輩のあとに続いた。「確かに、そういうことは本人に聞くべきだと思うよ。乃木ちゃんにここでとやかく聞くのはフェアじゃない。セラちゃんにも、乃木ちゃんにもね」
「あ……」
そっか、とちらりと横目で万里を見た。ガラにもなく、小さく縮こまって、まさに『板挟み』状態――。
ふうっとため息が溢れた。
人の気も知らないで――か。確かに、その通りだな。俺は何も知らなかったみたいだ。
冷静になれば分かる。この万里の様子……きっと、瀬良さんに何か相談を受けていたんだろう。松江先輩の件だけじゃなく、何か俺には言えないようなこと……。
「悪かったな、万里。あとは……瀬良さんに聞いてみるよ」
気を落ち着かせてそう言うと、万里はほっと安堵したように堅かった表情を緩め、「うん」とぎこちなく笑った。
「と言っても、連絡がつけば、なんだけどな」つぶやくように言って、俺はポケットからスマホを出して画面を見た。「家出る前に『さっきはごめん』ってメールしたんだけど、ずっと既読もつかなくて……」
やはり、通知も何もきていない。相変わらず、舌を出した秋田犬がこちらを見ているだけ。不安がずしりと胸に重く沈み込むようだった。
いや、でも……まだ、気づいてないだけかもしれないしな!? もうあれから三時間くらい経ってるけども。きっと、何か事情があって、ケータイを見ていないだけかも……。
「『ごめん』って、なに!?」
ホラー映画さながら、いきなり万里がスマホを持つ俺の腕をつかんできた。
「あんた、もうすでに喧嘩中だったわけ!?」
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