第79話 役得ってやつですよねー

 神社林の暗がりの中、アケミと口付けを交わしたあまのじゃくは、名残惜しそうにアケミから顔を離し、アケミの手を取った。訝しげに見上げるアケミをじっと見つめ、


『実は、俺は火星から来たあまのじゃくなんだ。もう帰らなければいけない』

『そんな……せっかく、両思いになれたのに?』

『君のことは忘れないよ、アケミ』

『私も……忘れない。離れていても……ずっと、あなたのことを想ってる』


 繋いでいた二人の手がするりと離れ、走り出すあまのじゃく。林の暗闇に消えていくあまのじゃくを、涙ぐみながら見送るアケミ。そして、暗くなる画面に流れ出すエンドロール。


「うん、うまくまとまったな」

「どこがですか!?」


 思わず、つっこんでいた。


「最後、とっ散らかりすぎですよね!? 火星から来たあまのじゃくって何!?」


 しかし、視聴覚室の一番前の席に陣取った津賀先輩は聞く耳もたずで、早見先輩と国平先輩と並んで座って『監督 津賀道広』と映し出されたスクリーンを眺めている。


「まさか、あまのじゃくが火星に帰ってしまうなんて……予想を裏切る展開ね」

「皆、きっと驚くだろうな。みっちーの作品はやっぱこうでなくちゃ!」

「SF青春恋愛妖怪映画……か。新しい分野を作ってしまった」


 いやいやいやいや。


「詰め込みすぎでしょう!」


 三列挟んで座っているといっても、映画館ではないのだ。こぢんまりとした視聴覚室。三人の背中はすぐそこなのに、まるで俺の声が届いていないかのよう。三人は興奮気味に、「やっぱり、国平はスクリーン映えするな」とか「みっちーのカメラワークは相変わらず、奇抜だよね」とか「道広、編集もうまくなったわね」とか、褒め合っている。

 いや、仲が良いのはいいんですが……どんだけカラフルな色眼鏡で見てんの!?

 詰め込みすぎで、消化不良を起こしていることになぜ気付かない!? 予想を裏切っても、期待まで裏切っちゃダメだろう。そりゃ、皆、驚くよ。『なんで、アケミはケイスケじゃなくて、全身タイツの妖怪選んでんの!?』て。伏線も何もなかったし。こんなどんでん返し、観客は誰も望んでいないぞ。望んでいた者がいるとすれば――早見先輩と国平先輩、この二人だけだろう。

 SF青春恋愛妖怪映画の誕生に喜ぶ三人組の背中を眺めながら、なんとも言えない敗北感を覚えてため息が溢れた。


「今更、文句言うなー、ながさくー」と、やる気のない呆れた声が横からした。「撮影のときに、あんたも納得して演じたんじゃなかったの?」


 ちらりと見やれば、万里が刺すような視線でこちらを睨みつけていた。


「いや……まあ……」


 痛いところをつかれ、俺は返す言葉もなく口ごもった。

 そうなんだよな。

 火星から来たあまのじゃくなんだ――とかアホなセリフをど真面目な顔で言ってたのは、間違いなく俺なわけで……。

 なんだろう。あのときは、確かに、『これもありか』と思えてしまったんだ。

 その場の雰囲気に乗せられたというか。月明かりの中、瀬良さんと手を繋いで、見つめあう――そんなシチュエーションに、すっかり酔っていたというか。

 正直、浮かれていたんだろうな。

 あの夜、瀬良さんと恋人になれて、(ノーカンではあるが)キスまでして……俺の頭の中はエデンの園かと言う楽園状態。まともな思考が働くはずもなかったんだ。


「役得ってやつですよねー」


 ふいに、後ろからそんな嫌味っぽい声がした。


「あの瀬良先輩と演技とはいえ、キスまでできてラッキーっすよね、永作先輩」


 振り返れば、後ろの席でふんぞり返って不機嫌そうな奴が一人。ケイスケの友人役を買って出てくれた助っ人、一年の遊田ゆうだだ。茶髪の長い前髪を女子のように後ろで束ね、制服をものすごく着崩している。おでこまるだしで、よく整えられた眉毛がよく見える。オシャレ――なんだか、変なのか、俺には判断がつかないが、一年の中でも目立つ奴だ。おそらく、イケメンの部類なんだろうが、派手、というか、チャラい、というか。黙って座っているだけで悠然とした趣きを醸し出す国平先輩とはまた違った存在感がある。悪目立ち……とでも言えば良いんだろうか。

 そんな奴がなぜ、この世にファンが二人しかいない『津賀道広作品』に出演したいと申し出てくれたのか甚だ謎だが……。


「遊田は瀬良先輩目当てで映画これに出たんだもんねー。羨ましいんでしょ」

「そうなのか!?」


 いきなり天啓のごとく降ってきた答えに、ぎょっとして振り向くと、


「気づいてなかったんですか、永作先輩」


 遊田の隣で、長い黒髪を二つに結んだ少女がにやにやと怪しげな笑みを浮かべていた。テニス部らしくこんがりと日に焼けた肌が印象的な一年の小日向こひなたさんだ。詳しい経緯いきさつは知らないが、国平先輩スマイルに釣られて、アケミの友人役で出演してくれたらしい。


「鈍感すぎ」


 ぼそっと隣で万里が呟く声がして、俺はせわしく振り返る。


「お前も気づいてたのか!?」

「あからさまだったじゃん。なんで気づかないわけ?」


 えええええ……? あからさま? あからさまに何してたの!?

 ちらりと遊田を見れば、否定も慌てる様子もなく、ツンとしている。

 まじか。まじなのか、遊田!? 瀬良さんに、いったい、何を……!?


「気づかなくても仕方ないですよー」すっかり動揺して固まる俺を、思わぬ声がかばった。「だって、永作先輩、遊田と違って瀬良先輩に興味ないんですから」

「は……!?」


 小日向さん、何を言ってるんだ!? ――と訊ねる間もなく、


「ねー、永作先輩?」と、なにやら含みを持たせた言い方で言って、小日向さんは三日月のように目を細めた。「永作先輩の運命の人って、ノンノン先輩なんですもんね!? 花音を幸せにするのは俺だ、もうあいつに近づくな、て駅前で他校の人に啖呵切ってた、て聞きましたよー」


 ん……? え!?


「そんなこと、言ってな……!」

 

 言いかけ、俺は言葉を切った。

 いや――と、冷静な声がした。言った……か?

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