第78話 彼氏……ではないけど――
「違うってよ」
ぽかんとしながら、平野を肘打ちする友人A。
平野はしばらくあっけにとられた様子で俺を見つめて、
「なんだよ、あいつ。また遊ばれてんの?」
独り言のようにそう言って、吹き出した。
「前もあったよな!? 付き合ってると思ってたら、違った……みたいなの」
「デートしまくってたのに、実は相手に彼女がいたんだっけ? 学校で噂になったなぁ」
平野の両脇で友人たちもゲラゲラと笑いながら盛り上がっている。ああだったな、こうだったな、と懐かしそうに相葉さんの過去を語る様子は、まるで同窓会でも見ているよう――だが、その内容はといえば、やれ「先輩に浮気されてた」やら、「大学生と付き合って、三股かけられてた」やらやら……笑いながら話すようなこととは到底思えない。
もぞもぞと腹の底で何かが蠢めくような……そんな腹立たしさを覚えて、俺は拳を握りしめていた。
「見た目はいいんだけどなぁ、相葉花音」と、ふいに、友人Bが肩をすくめて言う。「そういうとこ、ほんとバカだよな。中学んときから」
「今も、彼氏じゃない、て必死に否定されてるし」
「ほんっと……」平野はため息ついて、嘲るような笑みを浮かべた。「さすが、バカノンだわ」
その瞬間、堪忍袋の緒――というやつだったのだろうか、何かがぷつりと切れた音がした気がした。
「バカノンじゃなくて、相葉花音です! 変な呼び方するのはやめてください!」
「はあ? なんでお前にそんなこと、言われなきゃいけないんだよ? 関係ないだろ」
「関係ない……かもしれませんが、相葉さん、すごく嫌そうでしたよ! てか、バカとか言われたら、誰でも嫌ですよね!? 小学校でだって、朝の会で吊るし上げられるような案件ですよ!?」
「朝の会とか……知るか! なんなんだよ、お前!? 別に、花音の彼氏でもなんでもないんだろ!? 口出しすんなよ」
た……確かに? 俺はぐっと言葉に詰まった。
何を偉そうに言っているんだ、俺は? つい、怒りに任せてべらべらと……。これは相葉さんと元彼とのことで、俺は部外者だってのに。
でも……どうしても、頭から離れないんだ。相葉さんのつらそうな表情が……。
「彼氏……ではないけど――」
ちらりと横に視線をやれば、窓ガラスの向こうでカップル(と思しき二人組)がまだ仲睦まじくドーナツを頬張っている。ちょうど、俺が相葉さんと座った席で……。
あそこで俺もあんな風に相葉さんと話していたんだな。そりゃあ、彼氏と思われても不思議じゃないか、と端から見ていて納得してしまった。
――あの日、俺はまだ瀬良さんへの気持ちを自覚していなくて……見当はずれな勘違いで頭を悩まし、そして、瀬良さんを困らせていたんだ。いったい、どこをどう間違ったのかは未だによく分かっていないが、瀬良さんの告白をバスケに誘われたものと思い込み、『遊びでなら付き合ってもいい』とひどい振り方をしてしまっていた。
そんな俺の話を、相葉さんは真剣に聞いてくれたんだ。
ちゃんと謝ってきなよ――去り際、相葉さんが残したその言葉が、頭の中で静かに響き渡った。
相葉さんがいなかったら……俺は瀬良さんになんて謝ったらいいかも分からず、話しかけることすらできずにいたかもしれない。誤解したまま、家が隣同士のすれ違うだけの存在になっていたかもしれない。恋人になんて、きっとなれていなかった。
そうだ、相葉さんは俺の運命を変えてくれた。恩人なんだ。だから……相葉さんにも幸せになってほしい、と思う。たとえ、お節介だろうと……。
俺は平野をねめつけ、はっきりと言い放った。
「相葉さんは俺の運命の人なんで……幸せにしたいんです!」
ん? なんだ、口に出してみたら、妙な違和感が……? 平野その他二人組も、目を丸くして固まっているが……。
いや、まあ、気のせいかな。
「とにかく……これ以上、相葉さんを傷つけるようなことするのはやめてください!」
我ながら、もっとガツンと言えないものか……と己の語気を情けなく思いつつも、明らかに集まりつつある周りの視線から逃げるように、俺は「以上です」とそそくさと踵を返して立ち去った。
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