第76話 永作くんは……平気なんだ?
「送って行くよ」
と言っても、すぐ隣だから一分も経たずにお別れになってしまうが……。
それでも……たった一分でもいいから――手だけでも繋いでいたいんだ。
名残惜しい気持ちを押し殺し、瀬良さんに手を差し出そうとしたときだった。
「永作くんは……平気なんだ?」
ベッドに座ったまま、瀬良さんはどことなく沈んだ声で呟くように言った。
「平気って……?」
「このまま、恋人らしいことも何もしないで……二週間、会えなくなってもいいのかな、て……」
ん……? 恋人らしいことって……写真撮ることじゃなかったっけ? もう写真も撮れたし、早くしないと飛行機に乗り遅れてしまうから、帰らなくては――という流れになったんじゃ……?
なのに、なんだ? この……重苦しい空気は? 嫌な予感が早馬のごとく迫ってくるのを感じる。
「永作くんは……二週間も、耐えれるの?」
じいっと上目遣いでこちらを見つめる瀬良さんの瞳は、恥じらいつつも真剣で……明らかに、何かを期待している。桃色の唇を緊張気味に引き締めて、俺の答えを――『正解』を待っている。しかし……『正解』が分からん! なんて答えればいいんだ?
平気か、て聞かれたら、平気ではない。実際、変な夢まで見て、煩悩が暴走気味だ。今にも、行かないでくれー! とアホみたいに叫んで、抱きつきたいくらいだ。でも、そんなことしたって、瀬良さんを困らせるだけ……だよな? だって、沖縄には行くんだし、俺が引き留めたところで何も変わらない。せっかく、叔母さんにも会えるんだし……俺のことを気にして、瀬良さんがせっかくの旅行を楽しめなくなってしまったら――と思うと、そっちのほうが俺は耐えれない。
ここは、彼氏として、なんくるないさー、と笑顔で見送るのが『正解』だよな。
「大丈夫!」と俺は瀬良さんに伸ばしかけた手をびしっと挙げた。「二週間くらい会えなくても、俺は平気だから。楽しんできてよ」
ありがとう、永作くん! 永作くんならそう言ってくれると信じてた。これで心置きなく沖縄楽しめるよ――と、とびっきりの笑顔で抱きついてきて、あわよくば行ってきますのチューみたいな……!? なんて妄想を抱いて、ソワソワしていたのだが。一向に抱きついてくれる気配などなく、それどころか、
「ふうん……」と立ち上がった瀬良さんは、拗ねた子供みたいに唇を尖らせて、「そっか、じゃあ来る必要もなかったね」
「え……?」
「結構……頑張ったのにな」
きゅっと真っ白なスカートの裾を握りしめ、瀬良さんは俯き加減に呟いた。
あれ? なんだ? 何か雲行きがおかしいぞ? 突然のスコール……!?
「瀬良さん……?」
ケータイを手に扉へと向かっていく瀬良さんの背中に呼びかけても、返事もない。
なんくるなく……ないぞ!?
「待って。送って行く――」
慌てて、その手を取ろうとした俺の手はすかっと宙を空振った。瀬良さんが突然、ひらりと身を翻して、こちらに振り返ったからだ。
「いい。すぐ隣だもん」
「いや、でも……」
一分だけでもいいから、せめて手を繋いでいたい――と言う暇もなく、瀬良さんはさらりと長い黒髪をなびかせ、扉を開けて行ってしまった。
バタン、と扉は無情にも閉じられ、ふわっと瀬良さんの甘い香りが顔を撫でていった。
追いかけるべきなのだろうが……俺は唖然として固まってしまった。
「な、なんで……?」
一体、何を間違った? 明らかに、『正解』以外を口にしてしまったのだろうが……何て言えばよかったんだ?
待てよ。これで……あと二週間も会えないのか!?
その事実が重みを増して落石のごとくのしかかってくる。
「だ……大丈夫……か?」
とりあえず、メールして謝ろう、とケータイを探して、「あ」と気づく。そういえば……。
「俺も……瀬良さんの写真、撮らせて貰えばよかった……」
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