第74話 何もしてないから……別れるってことですか!?
だって、おかしいよな? いきなり、お別れって……。
「俺……何かした!?」
驚愕のあまり、すがりつくような勢いで瀬良さんに詰め寄っていた。
瀬良さんは「ええ!?」と俺の勢いに圧されたように後じさってから、
「何かした……て、何もしてないくらいじゃ……」
珍しくいじけたように、ぼそっと呟いた。
何もしてない? それが原因なのか……!?
確かに、付き合い始めてからも撮影がしばらく続いて、そのあと、弓道部の合宿があって、お盆はお互い墓参りやら親戚周りで家を開け……で、なかなか二人で会える時間もなく、夏休みも後半に入ってしまった。結局、約束したドーナツ屋どころか、どこにも二人で行けていない。
とはいえ、まだ夏休みも二週間ある。『あまのじゃくの恋』も津賀先輩が編集を終え、今日、部員だけでの試写会だ。まさか今から撮り直しなんてことにはならないだろうし、この夏の映研での活動はもう終わりといっていい。俺の予定はガラ空きだ。俺たちの夏はまだまだこれからだ――なんて思っていたのに。
甘かった!?
「何もしてないから……別れるってことですか!?」
「へ?」
「確かに……デートも何もしてないし……彼氏らしいことなんて何一つできてない。世の中には、好きな人を甲子園にまで連れて行ってあげる奴もいるというのに、俺はドーナツ屋にさえ連れて行ってあげれず……不甲斐ない彼氏だけど……」
でも――! と力を込めて見つめた先で、瀬良さんは「待って待って!」と制すように俺に両手の平を向け、俺の言葉を遮った。
「別れる、て、そういう意味じゃないの! 変な言い方しちゃって、ごめんね」
「そういう意味じゃない……?」
じゃあ、どういう意味だ……?
「毎年、夏は叔母の家に遊びに行く、て話したよね?」おずおずと瀬良さんは上目遣いで俺を見つめながら語り始めた。「でも、今年は、お姉ちゃんと二人で家に残ることになった、て……」
ああ、もちろん覚えている。
撮影の合間の休憩時間だった。
――お姉ちゃんと二人でなら、て条件で残っていいことになったんだ。でもね、お姉ちゃん、夜は彼氏の部屋に泊まりに行く気満々なの。だから……ね?
含みを持たせてそう言って、思わせぶりな視線を向けてくる瀬良さん。思い出すだけで、そのいじらしさに悶絶しそうになる。
瀬良さんのご両親には申し訳ないが、ずっと心待ちにしていたんだ。確か、夏休みの終わり頃って言ってたよな? そろそろ、だろうか?
ついさっき、どん底に突き落とされたはずの心がすでに浮ついている。まずい、ニヤけてしまいそうだ。
「実は、昨日、お姉ちゃんが彼氏と別れちゃって……一緒に行く、て言い出したの」
って、え……? 蘭香さんが……なんだって?
「だから、私も行かなきゃいけなくなっちゃって……」と、瀬良さんはしゅんとして俯いた。「またしばらく、会えないの」
「そ、そうナンデスカ……」
何かが頭の中で木っ端微塵に砕ける音がした気がした。ノー! と崩れ落ちそうになるのをグッと堪えながら、俺はあくまで平静を装って訊ねる。
「しばらく、て……どれくらい?」
「二週間」
「に……にしゅうかん」
待てよ。二週間って……おかしいな。それって……。
「残りの夏休み、今日からずっと沖縄なの」
「きょ……!?」
今日から、て言った!? しかも、沖縄!? つまり……つまり、今からFly high!?
俺は目の前の瀬良さんを愕然として見つめた。すっと長い睫毛を下ろして、沈んだ表情で俯く彼女。儚げで可憐で、まるで天使の如く、ふわりとどこかへ飛んで行ってしまいそうで……不安に駆られては、その背に翼が無いことにホッとしていた――のに、まさかの旅客機!?
寝起きの頭には重すぎる事実に、ふらりと立ちくらみのようなものがした。
「と……とりあえず、おすわりになってください……」
ゆらりとベッドまで歩み寄り、縁に座って、一息つく。
いや……全然、落ち着かないけどね!?
ずんと燃え尽きたボクサーよろしく項垂れて座っていると、ギシッとベッドが鳴って、甘い香りを乗せた柔らかな風がふわりと漂ってきた。
あ――まずい、とそのときになって気づいた。おすわりください、て、何も考えずに……!
左腕にかすかに感じる人肌のぬくもりに、息を呑む。一気に緊張が込み上げて、俺は金縛りにあったかのように身動き一つ取れなくなった。
「夕方の飛行機だから、もうすぐ出ないと行けなくて……だから、その前に……」
隣でもじもじと動く気配がした。
「恋人らしいこと、したいな、て思って……」
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