第63話 二人ででも……いろんなことできますから
「なんでですか、早見先輩!?」
いきなり、何を言い出しているんだ、この人は!? もう、これ以上、瀬良さんの知識を穢さないでください!
「だって、いろんなことを経験しておいたほうがいいでしょう。相性もあるんだから、一人に限定するなんて非効率的だし、時間の無駄に……」
「やめてください!」
「なんなの、永作? そんなに必死になって……」と早見先輩は不審そうに俺を見つめてきた。「もしかして、自信がないの?」
「はっ……!?」
「瀬良さんを満足させる自信がないから……
「な、なんなんですか……その分析!?」
しかも……なぜだ。悔しいが、違いますよ! と言えない自分がいる。これが、図星、というやつなのか。ぐっとみぞおちに鉛玉でも打ち込まれたような息苦しさが……。
まさか、早見先輩の言う通り……? 俺は、自分の都合のいいように、瀬良さんを誘惑から遠ざけようとしていたのか? 無意識に、瀬良さんの純情を利用するような真似を……?
思わぬ己の汚い部分を思い知り、ずーんと沈み込む俺の心をすくい上げるかのように「大丈夫です」と晴れやかな声がした。まるで天上から降り注ぐ天使の声。
振り返れば、瀬良さんがイカ焼きを手に躊躇いがちに微笑み、
「二人ででも……いろんなことできますから」
「ふぐっ!?」とつい、変な声が飛び出していた。
え……!? イ、イロンナコト……!? 二人で、いろんなコトって……それは、どんなコトでしょうか!?
「ね、永作くん?」とちょっと不安げに小首を傾げ、じっと俺を見上げる眼差しの、なんと悩ましいこと。まるで、甘える子猫のような……て落ち着け、俺!
ねー! て言いたい。ものすごく言いたい。瀬良さんとあんなことやこんなことがしたい! ――が、一抹の不安がよぎる。瀬良さんの『いろんなこと』は、果たして俺の『いろんなこと』と同じなんだろうか。
いや、考えるまでもない。一切の穢れを跳ね返してしまうかのような、水晶玉のごとく透き通った瞳。そして、恥じらいをその身に詰め込んだような奥ゆかしく可憐な姿。まさに、一目瞭然。――答えは、否、だ。
残念な気持ちと、そして、早まってアホ丸出しの顔で鼻の下を伸ばさずに済んでよかった、という安堵の気持ちが一緒くたになってこみあげてきた。
大丈夫ですよ、瀬良さん――と心の中で唱えた。俺は勘違いしたりしませんから。
「そうですよね」と俺はつとめて冷静に相槌打った。「二人ででも、映画見たりとかプラネタリウム行ったりとか、いろんな経験できますよね!」
「えっ……!?」と今にもイカ焼きを落としそうになりながら、瀬良さんはぎょっとした。
「え?」
なんだ、その反応?
お互い、ぽかんとして見つめ合って、しばらくして、かあっと瀬良さんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「どうか……した?」
「な……なんでもない!」とイカ焼きで顔を隠すようにして言う瀬良さんの声はどこか投げやりで説得力がない。
妙なことを言ってしまったんだろうか? 映画やプラネタリウムじゃ、なんの捻りもなさすぎた?
瀬良さんの『いろんなこと』って……なんだったんだ?
あたふたとする俺の背後で、「まったくもう」と万里がため息つくのが聞こえた。
「あんたたちは、付き合ってもそんな感じなのね」
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