第52話 前みたいには戻れない
「よかった、またこんなふうに話せるようになって」
一通り笑ってから、瀬良さんはうっすら涙の浮かんだ目を擦りながらそう呟いた。それから、「永作くん」と改まって姿勢を正し、まだ少し笑みの残った顔で俺を真っ直ぐに見上げた。
「付き合ってくれなくてもいいの。前みたいに、友達として、学校に一緒に行ったりとか……してもいいかな。私ね、永作くんといるとやっぱり楽しいんだ」
「もちろん……」と即答しかけ、俺は口籠った。
前みたいに……?
そうだ。伝えなければ、前みたいに一緒にいられる。下心を隠して、ただのお隣さんとして、また学校までの道のりを途中まででも一緒に過ごせる。バスケだって、俺がこれからがんばってうまくなれば、練習に付き合えるかもしれない。好きだ、なんて伝えなければ、ただの『お隣さん』でいられる。前みたいに、瀬良さんの隣に居られる――のに。
――そういう正直で真っ直ぐなところが、永作くんの良いところだと思う。
瀬良さんの澄んだ声が、どこか遠くで鳴り響く風鈴の音色のごとく頭の中に流れてきた。
まさに、鶴の一声、てやつか。
本心を伝えてもいいことなんてないぞ、と囁きかけてくる邪念を消し去り、気分すら晴れやかにしてくれた。
抗えない性とでもいうのか、内から沸き起こる衝動に身を明け渡すように、俺は口を開いた。
「それは……できません。前みたいには戻れない」
一瞬にして表情を固くさせ、絶望の色を浮かべる瀬良さんの様子にひるみながらも、俺はぐっと地を踏み締めて続けた。
「俺……瀬良さんに嘘ついてた。あんな噂、絶対に信じない、て散々言っておきながら、どこかで……本当ならいいのに、て思ってたんだ。俺……」
ぐっと拳を握りしめ、俺は覚悟を決めて瀬良さんを見つめた。思わぬ俺の告白に、言葉もでない様子で瞠目して固まっている瀬良さんを……。
もう後戻りはできまい。こうなったら、俺らしく、本心垂れ流しあるのみ……だよな、万里?
「俺、瀬良さんが好きです! 浴衣姿も、本当は……エロかわいい、て思って見惚れてました! 今も、抱き締めたい、とか思ってます! そんな俺で、下心ありまくりですけど……それでもよければ、俺と……」
瀬良さんが息を呑むのがはっきりと分かった。
ぱあっと見開いた瀬良さんの瞳は、こんな暗がりの中でもキラキラと輝きを放っているように見えた。
「俺と……バスケしてください!」
びしっと頭を下げて言い放った俺の声があたりに木霊して、ざあっと風に揺れる葉が擦れる音だけがしばらくしていた。そんな静寂のあと、
「バスケ!?」
瀬良さんの、珍しく取り乱した声が響いた。
ん? と頭を上げると、瀬良さんが愕然として俺を見つめていた。予想していた反応とは……ちょっと違うような?
そんな風に思ってたの!? て、瀬良さんは怒るような人ではないとは思ったが……ショックを受けたり、慌てたり、困り果てて恐縮してしまったりするんじゃないかと思っていた。でも、そのどれも当てはまらない。目の前の瀬良さんの様子は、言うなれば、「なんでやねん!」――て感じ……か?
「な……なんで、バスケ!?」と瀬良さんはぐいっと詰め寄ってきた。
あまりの気迫に、俺は思わず後退りながら、
「なんでって……バスケの練習に付き合ってほしい、て話……忘れていいって言われたけど、諦めきれないっていうか……俺と一緒にいたい、とまで言ってもらえたし、そのためなら俺もいくらでも頑張って練習できる。ただ、俺がバスケやるのは、バスケが好きだからじゃなくて、瀬良さんが好きだから、てことをちゃんと分かっててほしくて……それでもいいなら、と確認をしておこうと……」
「何の話!?」
瀬良さんは見るからに動揺しながら、裏返った声を響かせた。
あれ……おかしいな。全然、話が通じてないぞ。まさか、まだ伝わっていないんだろうか。かなり本心垂れ流した気がするんだが。
なんてことだ。月が綺麗ですね――の一言で、昔は通じていたらしいのに。どう伝えたらいいんだ、この気持ちは!?
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