第51話 お詫び……?
「どうかした?」
黙り込む俺を瀬良さんは心配そうに覗き込んできた。
「もしかして、多すぎた!? ごめんね、無理して食べなくても……」
「あ、いや、全然食べれます! ぴったり俺の胃のサイズでびっくりなくらいで! 何から食べようかな〜」
何言ってんだー、俺。テンパりすぎだよ。
無理やり作った笑顔がみるみるうちに引きつっていく。
でも、瀬良さんは「そっか、よかった」と安心したように胸を撫で下ろした。
ずきりと胃のあたりが痛むのは……空腹だからなのか、瀬良さんに嘘をついたせいなのか。
「休憩終わる前に食べちゃわないと」
「あ……そうか」早見先輩の虫けらを見るような眼差しが脳裏をよぎってブルッと震えた。「えっと……瀬良さんはどれ食べる?」
「私はいいの。今、お姉ちゃんがダイエット中でね、うち、夕飯早いんだ。もう家で食べてきたの」
「食べてきたって……さっき、お腹空いた、て言ってなかったっけ?」
瀬良さんが「お腹空きません?」て皆に言って――それで、撮影を中断して休憩になったんじゃなかったか? 違ったっけ?
「ああ、あれは……」と瀬良さんは頬を紅潮させ、ぎこちなく笑った。「嘘ついちゃった。永作くん、なんだかつらそうだったから……お腹空いてるのかな、て思って」
「え――」
つまり……俺のため? 全部、俺のためだったのか? 「お腹が空いた」なんて言い出して撮影を止めてくれたのも、国平先輩を誘って祭りに向かったのも……。
香ばしい匂いをほかほか暖かな湯気に乗せて漂わせてくる屋台フードオールスターズを見下ろし、ぐっと唇を引き結んだ。
優しすぎる……。ただのご近所のよしみ程度の俺なんかのために、そこまでしてくれるなんて……! まるで大海原のごとく果てしなく、分け隔てない優しさ。俺の狭い心には収まりきらないよ……!
ああ、だめだ。全然つりあわないって……。大海原を前に途方にくれるカエルの気分だ。好きだ、なんてどの面下げて口にしたんだ。身の程知らずにもほどがある。勘違いされてよかった。ちゃんと伝わってたら、こんなにも慈悲深い瀬良さんのこと。きっと困らせることになっていたに違いない。
伝わらずにすんでよかった。――そう、分かっているのに。でも、なんだろう。心が重い。何かが胸の奥につっかえているような……すっきりしない。
「永作くん? 大丈夫? やっぱり、なんだか調子悪そう……」
不安そうな瀬良さんの声に、俺はハッと我に返って顔を上げた。
「いや、なんでもない……ありがとう!」言ってから、あ、と唐突に思い出して、「ってか、そうだ……お金! いくらだった!?」
「え!? いいよ、そんな……!」と慌てた様子で瀬良さんは両手を左右にパタパタ振った。「勝手に私が買って来たんだし。気にしないで」
「いや、でも、こんなに買って来てもらったし……」
「本当にいいの。お詫び……だと思って受け取って」
「お詫び……?」
「うん」と瀬良さんは少し困ったように微苦笑を浮かべた。「ずっと避けちゃってたお詫び。一方的だったな、て……すごく反省してるの。永作くんともっと一緒にいたくて、付き合ってほしい、て私から言いだしたのに、欲しかった答えがもらえなくて避けるなんて……駄々こねてる子供みたい」
「俺ともっと一緒にいたくて……?」
そんな理由で? それで、俺をバスケに誘ってくれた?
嬉しい……けど、それ以上に虚しくなった。一緒にいたい――その一言が意味することが、その重みは、俺と瀬良さんでは違う、てもう気付いてしまったから。前までは朝のほんのひととき一緒にいれればいい、て思ってた。でも、今は違うんだ。それだけじゃ、物足りない、て思ってしまう。隣で歩くだけで満足してたのに、今は手を繋ぎたいと思ってしまう。
それを瀬良さんが知ったら……どう思う? まだ、バスケに誘ってくれるだろうか? いや――。
「バカだよね、私。ただ、性癖が違うってだけで……永作くんは永作くんなのに」
うぉおい!! 忘れてたー!
「せ、性癖って……あの、瀬良さん!?」俺は瀬良さんに詰め寄り、全身タイツの胸元をつまんで引っ張った。「これ……この全身タイツは私服じゃないから!」
「え……」ぽかんとしてから、瀬良さんはぷっと噴き出した。「知ってるよ。急にどうしたの、永作くん」
クスクスと笑う瀬良さんに、郷愁のようなものすら覚えて俺は見入った。
ああ、この笑顔だ。ふわりとやわらかで、清々しい春の日差しのような笑顔。見ているだけで心地よい陽気に包まれているような気分になる。夏の蒸し暑ささえどこかに吹き飛ばされてしまう。
そうだ、この笑顔を……ずっと見たかったんだ。
その瞬間、意識がどこかに吸い込まれていくような不思議な感覚がした。集中力が研ぎ澄まされて、それが、『今』、『このとき』に注がれている。あらゆる雑念がかき消されて、目の前の一人の少女だけが俺の意識の中に留められているような……。まるで、この世界に彼女だけが――瀬良さんだけが存在しているような、そんな感覚だった。
ただただ無性に、抱きしめたい、と思ってしまった。
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