第50話 好きなんだ……

 だめだ、全然台本を読む気がしない。

 木によりかかり、地面にあぐらをかいて、俺はぼんやり空を振り仰いだ。重なり合う木の葉の合間に月が見え隠れする。

 月が綺麗ですね――だったっけ。誰かが昔、「I love you」をそう訳した、てどっかで聞いたな。

 ぼんやり、そんなことを考えていると、


「わあ、満月だね」


 かさっと草を踏む音と共に、そんな麗らかな声がした。

 はっとして見やれば、焼きそば、たこ焼き、たい焼き……パックに詰まった屋台フードオールスターを抱えて瀬良さんが空を見上げて立っていた。


「瀬良……さん!?」


 思わずバッと立ち上がり、「持とうか!?」と駆け寄った。

 お腹空いた、て言ってたけど、こんなに空いてたの!? 瀬良さんのか細い体からは想像もつかない量だ。


「うん、ありがとう」瀬良さんは、ふふ、と恥ずかしそうに笑って、重箱のごとく重なったパックを俺にヒョイっと差し出してきた。「永作くんが何食べたいか分からなかったから、たくさん買ってきちゃった」

「俺……が?」


 受け取りながら、唖然として聞き返す。

 聞き間違いかと思った。でも、瀬良さんは「うん」と頷き、気遣うような優しげな笑みを浮かべる。


「永作くん、元気なかったから。お腹、空いてるんじゃないかと思って」

「え……じゃ、これ、俺に……買ってきてくれたの? でも、国平先輩は……?」

「国平先輩?」と不思議そうに瀬良さんは目を丸くして、後ろを振り返った。「津賀先輩と射的に行く、て言ってたけど……」

「津賀先輩と?」


 まだ状況が呑み込めない。なんで……としつこく疑問がしこりのように胸に残る。今もまだ、瀬良さんと国平先輩が並んで歩く後ろ姿が脳裏に焼き付いて離れない。


「二人で一緒に回ってたんじゃ……」


 我ながら、女々しいな、と嫌気が差す。聞いてどうすんだ。何か変わるわけでもないのに。そう思いつつも、聞かずにはいられなかった。


「え?」と顔をこちらに向き直した瀬良さんは、無垢な輝きをその瞳にたたえて、不思議そうにじっと俺を見上げた。「途中までは一緒だったけど……。男の子がどういうの好きか分からなかったから、選ぶの手伝ってもらってたの。私だけだったら、甘いものにばかり目移りしちゃいそうだったから。綿あめとか、チョコバナナとか……そういうの男の子はあまり好きじゃないよね?」


 じゃあ……と言いかけ、とっさに俺は口をつぐんだ。

 別に、国平先輩と二人きりで祭りを回りたかったわけじゃなかったのか。――そう、あからさまにホッとしてしまった。

 うわあ……と、片手に瀬良さんが買ってきてくれた夕飯をしっかりと抱えながら、口元を押さえた。ぐっと込み上げる熱いものをみぞおちに感じて、みるみるうちに顔が赤らんでいくのが自分で分かった。

 もう確定だ。否定しようがない。証拠をその身に突きつけられたようだった。俺は――。


「好きなんだ……」


 ぽろりと、押さえた口から転がり落ちていた。初めて経験するその感情に、身体が喜び勇んで言葉にせずにはいられなかったような……。

 あ……と思ったときにはもう遅い。瀬良さんはきょとんとして、しっかりこちらを見つめていた。

 百パーセント、聞かれてるよ!

 さあっと血の気が引くような、それでいて、全身を巡る血が沸き立つような、熱いのか寒いのかも分からないくらい、身体が慌てふためき荒れ狂っている。

 いいの!? こんなんでいいんだっけ!? 俺、今、告白しちゃった!?


「あ、いや、今のは……」とあたふたとする俺をよそに、瀬良さんはいたって冷静に「そうなんだ」と微笑した。


「じゃあ、甘いものも買ってくればよかったな」

「え……」

 

 ん? あれ? 甘いもの?


「デザートもあってもいいよね。かき氷もあったよ」


 ちょ……待って。瀬良さん!? 甘いものの話になってる!? これって……伝わってない?

 安堵したような、落胆したような……ひとまず落ち着くと、いや――と、ふいに疑問がよぎった。

 ってか、伝える気なのか、俺は? 伝えてどうすんだ?

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