第53話 それじゃあ……全部、何の話だったの?
ここが俺の表現力の限界だ。
困り果てた末、もう「月が綺麗ですね」と言ってみようか、と思い始めたときだった。
「バスケの話なんて……私、したことない」
ふと、瀬良さんが訝しげにそうつぶやいた。独り言かとも思ったが、聞き捨てならない一言に「え?」と俺は食いついていた。
「したことないって……撮影の前も、その話したよね?」
「撮影の前……?」
「本気で付き合ってほしい、てそのときも瀬良さん、言ってなかった? 俺がバスケを好きでもないのに、練習に付き合おうとしてたのが、気にかかってたんだよね?」
「え……それ……違っ!」
「気持ちは分かるよ! 遊びならいい、とか前に俺も言っちゃったし……真剣にやる気はあるのか、て不安になって当然だ。でも、俺、もう中途半端に付き合うつもりないんだ。確かに、球技は苦手だし、正直、バスケも好きじゃないけど……俺は本気で瀬良さんのことが好きだから、バスケでもなんでも、瀬良さんのためなら本気でやろう、て気になるんだ」
そう言い切ってから、俺ははたりと気づく。
いつのまに、こんな顔をしていたんだろう。瀬良さんはまるで子供みたいにぽかんとしていた。あの魅惑的な輝きを宿した瞳が今はただの点になり、物言わぬ口はあんぐり開いたまま。憂国の姫君を思わせる麗しくも儚げな――そんな普段の瀬良さんのイメージとは懸け離れた、だらしのない表情だった。プツンと切れてふよふよと宙を漂う緊張の糸が目に見えるよう。
「あの……瀬良さん?」
つい、夢中になって本音を垂れ流しすぎた!? さすがに引かれた!?
焦りながらも、おずおずと声をかけると、
「ふわあ」と気の抜けた声を漏らして、瀬良さんは両手で口を覆った。「もしかして……全部、勘違い?」
「はい? 勘違い……?」
なんだ? 誰が何を勘違い?
瀬良さんのか細い声を聞き漏らさないように耳を澄ませていると、瀬良さんは口を覆ったままぽつりと言った。
「私も……バスケ、好きじゃないの」
「――えっ!?」
な……なんだって!?
しばらくの間、俺は絶句して固まった。
青天の霹靂――この言葉をここで使わず、いつ使う!? なんてことだ。俺はなんという勘違いをしていたんだ。バスケバスケと騒いでいた自分がものすごく恥ずかしい。瀬良さんのためにバスケをがんばろう、と息巻いていたのに。見当違いな覚悟を決めていたのか!? このバスケへのやる気はどうしたらいいんだ?
あれ……と、しかし、唐突に疑問が浮かぶ。それじゃあ――。
「それじゃあ……全部、何の話だったの?」
瀬良さんはしばらくじっと俯いていた。やがて、心なしか震えているように見える手を口から離すと、すっと紅い唇を開けて息を吸う。そして、じっと俺を見上げてきた。ぞくりとするほど熱っぽく、いじらしく潤んだ瞳で……。火照ったように顔を真っ赤に赤らめながら。
「永作くん」と、瀬良さんは小さくも、芯の通った声で言った。「全部、永作くんのこと。――私も永作くんのことが好き」
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