第48話 すみません!

 アケミ(瀬良さん)は、ケイスケ(国平先輩)に長年、片思い。ずっと好きなのに、素直になれず、「好き」の一言が言えないでいた。そんなアケミに天罰が下されるかのように、ある日、妖怪あまのじゃく(全身タイツの俺)に取り憑かれて、本音が言えなくなってしまう。

 そんなとき、ケイスケを好きな女の子、ニイナ(万里)が現れて、焦るアケミだったが、あまのじゃくのせいで、本心とは真逆の――ケイスケを遠ざけることばかり口にしてしまう。

 そうして、やってきた夏休み。アケミは近所の祭りで、ニイナと一緒にいるケイスケを見かける。とっさに、人混みの中に紛れて逃げようと、踵を返したアケミだったが、


『あ、アケミちゃん!』ニイナの突き抜けるような甲高い声が、辺りに響く。『すごーい、奇遇だね』

 

 ぐっとこらえるように顔をこわばらせ、アケミはおずおずと振り返る。


『ニイナちゃん……と、ケイスケ。ほんと……キグウだね』


 痛々しいほどの引きつり笑みを浮かべて、アケミはひらりと手を振った。


『なんだよ、一人で来てんのか?』と、ケイスケはからかうように、にんまりと笑む。『言ってくれたら、一緒に来てやったのに』

『誰があんたなんかと――』


 言いかけ、アケミは慌てて口を押さえた。その様子に訝しそうに顔をしかめるケイスケとニイナ。

 もごもごとなにやら言いながら口を塞ぎ続けるアケミに、ニイナは心配そうに首をかしげる。


『アケミちゃん、大丈夫? 吐きそうなの?』


 ふるふるとアケミは必死に首を横に振り、


『だ、大丈夫、大丈夫! なんでもない』ぱっと口から手をはずして、あはは、と笑ってごまかした。『二人は……なに? デート……だったりして?』

『は?』


 眉をひそめて表情を曇らせるケイスケの隣で、ニイナはにぱっと晴れやかな笑みを浮かべてケイスケに身を寄せる。


『デートに見える!? やった〜、嬉しいな』


 頬を赤らめ、ふふっと笑うニイナ。アケミの表情はみるみるうちに引きつっていく。


『なんてね。偶然、そこで会っただけだよ。ね?』

『あ……ああ』


 困ったように頭をかくケイスケ。それをニコニコしながら見つめるニイナ。そんな二人を前に、アケミは冷笑のようなものを浮かべて鼻で笑った。


『いいじゃん、お似合いだよ! 付き合っちゃえばいいのに』


 まるでするりと言葉が口から滑り出たようだった。抵抗すらすることなく、アケミは衝動に――あまのじゃくの呪いに――身をまかせるようにそうはっきりと言い切っていた。

 ケイスケの顔を見ることもできず、アケミは身を翻して逃げるように走り去る。人混みを避けるように、参道を外れ、屋台の間を駆け抜け、境内を囲う神社林の暗がりの中へ飛び込んだ。

 そこでようやく立ち止まって、ぽつんと一人佇み、深呼吸。そして、きっと闇を睨みつけた。


『そこにいるんでしょ、あまのじゃく! 全部、あんたのせいよ!』びしっと林の中を指差し、アケミは今にも泣きそうな悲痛な表情で叫んだ。『なんで、私をこんなに苦しめるの!?』


 アケミの目の前――その指先が差し示す暗闇に浮かび上がるのは、真っ赤な身体をしたひょろ長の生き物、妖怪あまのじゃく。平々凡々、全てのパーツは在るべきところに在るだけで、まるでなんの特徴もない男子高校生のような顔をした妖怪は、


『本心を言えないのはつらいだろう! 気づいたときには遅いのだ。はっはっは』


 ――なんて、言えるわけあるか!

 すがるようにこちらを見つめて瞳を潤ませる瀬良さんに、そんなひどいことが言えるわけがない!

 あまのじゃく……いや、俺は、ぴしっときっちり九十度に腰を折り、


「すみません!」


 と脊髄反射のごとく謝っていた。

 

「カーット!」


 すぐさま、怒号のような津賀先輩の声が飛んできて、深々と下げた頭にペシコーンともうお決まりの衝撃が走る。


「『本心を言えないのはつらいだろう! 気づいたときには遅いのだ。はっはっは』――よ! なんでこんな簡単がセリフが言えないのよ!?」


 キーンと鼓膜を突き刺すようなニイナ……いや、万里の声に、ばっと身体を起こして俺も負けじと声を張り上げる。


「つらそうにしている人に、『つらいだろう、気づいたときには遅いのだ』なんて追い打ちかけるようなこと言えるか!? ひどすぎるだろう! 人でなしだよ!」

「人じゃないもん! あんたは妖怪なの!」


 短い髪をくしゃくしゃに掻き乱し、「もう、このアホ!」と万里は金切り声を響かせた。

 いや……うん。分かる。分かってはいるんだ。今回ばかりは、俺がアホなことを言っているとは分かっている。でも、それでも……。

 演技でも、瀬良さんの悲しむ顔を見るのは耐えられないんだ。

 なんで、私をこんなに苦しめるの!? ――泣きそうになりながら瀬良さんが訴えかけるその言葉セリフが、ひどく胸を貫く。あの日の、夕陽が差し込む部屋の中、瀬良さんが力無く流した涙が脳裏をよぎってしまって……。

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