第47話 でも……真理でしょ
そういえば……さっき、瀬良さんもそんなことを言っていたような……。正直で真っ直ぐなところが良いところだ、て――。
「本心を言えないのはつらいだろう! 気づいたときには遅いのだ。はっはっは」
いきなり、おっさんみたいな低い声で万里がそう言い放った。
「は?」
万里、どうした!? と振り仰ぐと、万里は頬をほんのり赤らめ、気恥ずかしそうに苦笑した。
「あまのじゃくの……あんたのセリフでしょ。今のあんたにぴったり」
「そうだっけ?」やべ。全然覚えてないや。「あまのじゃくってそんなこと言うの? 性格悪くね?」
「でも……
万里はふっと切れ長の目を細め、切なげにそう呟いた。
「どんなに好きで、ずっと一緒にいてもさ……気持ちを伝えなきゃ、それまでなんだよ。誰かが現れて、大好きな人、連れてっちゃう。そのときになったら、もう手遅れで……本心を口にすることさえ、叶わなくなっちゃう」
ずくん、と胸が疼くのを感じた。
子供のときから一緒だった万里。やんちゃだった頃から知っている。――まあ、今も十分、やんちゃな気がするが。男勝りで口も悪くて、ケンカっ早いガキ大将だったのに。歳を重ねるごとに、知性漂うクールな印象に変わっていった。聡明そうな端正な顔立ちに、すらりと細身の長身。常に誰よりもバレンタインのチョコを受け取り、学校中のどの男子生徒よりも白馬が似合う『王子様』だった。
そんな万里の艶っぽい表情を、俺は初めて見た気がした。熱っぽく、甘えるような……そんな眼差しを向けられて、俺は息を呑んだ。いつのまに――と思った。いつのまに、こんなに女らしくなってたんだ?
しばらくそうして見つめ合って、万里はにっと笑った。ついさっきまでのしおらしさはどこへやら。いつも通りの無邪気な悪ガキそのもの。
「ま、そういう話なわけ、この映画は! 出番までにしっかり読み込んで、頭に叩き込んでよね」
そう言うと、万里は丸めた台本をハリセンのごとくペシンと俺の頭に叩きつけた。
「いてっ!」
――やっぱり、こうなるのか。
ちょっとでも、健気だとか思った俺が愚かだった。
「映画の話かよ。いきなり、話変えるなよ。焦っただろ」
立ち上がって、万里の手から台本を奪い取る。
まあ、確かに……セリフを全く覚えてないってのはさすがにまずいよな。早見先輩の蔑むような眼差しが脳裏をよぎって、慌てて台本を捲って自分のセリフを探していると、
「焦ったの? なんで……?」
ぽつりと、なぜか遠慮がちに訊ねる万里の声が聞こえた。
「なんでって……お前が色っぽく見えたから? 大人っぽくなったなーて思って」
「へっ……」
『へ』……?
妙な奇声に振り返ると、万里は顔を真っ赤にさせて、あわあわと口を動かしていた。尋常でない狼狽えようだ。
「どうした?」
「そ……そういうところなのよ!」
「なにがだ!?」
「そんな恰好で、そんなこと言うな! 変態!」
捨て台詞のようにそう言い放ち、万里はくるりを踵を返して、ズカズカと行ってしまった。
なんだ? なんで急に怒られたんだ? さっぱり分からない。
俺は全身タイツ姿で一人残され、台本を手に呆然と佇んだ。
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