第46話 それがあんたの良いとこなんじゃん

 いやいや、んなわけないだろ、と心の中でツッコミを入れながら振り返ると、


「だから、もう気にしないで。あのときのことは、忘れちゃっていいから」


 瀬良さん、まとめにはいってる!?

 ちょっと待って! なんで? なんで性癖の話になってんの!? そんな会話だった? いや、会話というより……そこで、はっと俺は思い出し、自分の身体を見下ろした。早見先輩がどこかで買ってきたぱっつんぱっつんな真っ赤なタイツ。それを全身に纏って顔だけ出した、今日の装い。ファッションテーマはド変態。

 そうだ。この格好……まさか、私服だと思われてる!?


「ちがっ……違うんです、瀬良さ――」

「こらー! 印貴ちゃん、圭、何してんの!? 撮影始めるよ〜」


 万里の甲高い声が槍のごとく飛んできて、俺の言葉を遮った。

 見やれば、軽やかな足取りでこちらに駆け寄ってくる万里の姿が。


「もー、後ろ見たら二人ともいないんだもん。びっくりしたじゃん。先輩たち、先に行ってセッティングしとく、て」

「あ、ごめん」と思い出したように瀬良さんは身を翻し、下駄の音をカランコロンと響かせ駆けていく。

「綿あめの屋台のとこね」

「うん、ありがとう!」


 瀬良さんとすれ違いざま、そんな会話をして俺の前まで来た万里は、何か言いたげな目で俺を見てから、ふいっと瀬良さんのほうを振り返った。そして、黙り込む。まるで、何かを待っているような……。

 なに? なんだ? なにするつもりだ? 相手が万里だと嫌な予感しかしない。

 参道を埋め尽くす人混みの中へと消えていく瀬良さんの後ろ姿を見届けて、


「で……?」と含みをもたせた言い方で万里は切り出した。「印貴ちゃんと何の話してたの?」

「なんの話って……」正直、もはや俺も分からない。「バスケ……?」

「ああ……泣かせちゃったときの話ね。ちゃんと謝れたわけ?」

「一応……?」

「なんで避けられてたのかもはっきりできた?」

「……たぶん」

「言いたい事はちゃんと言えた?」

「まあ……うん」

「あー、もう!」と万里はこちらに向き直るや、苛立った声を張り上げた。「さっきからなんなの、はっきりしないな!」

「し……しかたないだろ! 俺だってよく分からないんだよ!」


 はあ? とそこらの男よりもずっと凛々しくキリッとした美少年のような顔立ちをこれでもかと歪ませて、万里はヤンキーのごとく睨みつけてきた。


「相変わらず、アホね! 何やってんのよ!? せっかく、二人きりになれたってのに!」

「それは……その通りだよ!」


 誰がアホだ、と言い返したいのは山々だが……ぐうの音も出ない。

 きっちり謝って誤解を解いて万事解決、のつもりが。なんなんだ、この有り様は? ボタンを掛け違えているような些細なズレだったのが……そのボタンが全て弾け飛んでしまったみたいだ。


「さっきのあれもさ、なんだったのよ?」

「あれ……?」


 まだあるの!? 他にも何か俺、やらかしたっけ?


「浴衣の話。印貴ちゃんの浴衣姿見ても、なんとも思ったりしない――なんて言っちゃってさ」

「ああっ……!」


 あったー! そうだったー! 

 ふしゅーっと身体のどこかから空気が抜けて、身体が萎んでいくようだった。背筋はぐにゃっと丸まり、俺はしょぼんとしゃがみこんでいた。


「あれな……ほんと、自分でもビックリしたんだ。あんな言い方するつもりなかったのに」

「ほんと、あんたらしくなかったよね」心なしか刺々しかった口調が和らいで、どこか同情するような色を滲ませて万里は言った。「あんたって、常に本心垂れ流しみたいな奴なのにさ」

「汚い言い方するなよ」

「褒めてんのよ」とムッと唇を尖らせ、万里はそっぽを向いてしまった。「それがあんたの良いとこなんじゃん」

「俺の良いとこ……?」

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