第38話 ちょっと興味出てきたぞ
「ふーん」と、相葉さんはチョコがたっぷりとかかったドーナツを一口頬張った。「球技が苦手だから、瀬良さんのバスケの練習には付き合えない、と。そう断ったら泣かれちゃったんだ」
「はい……それから避けられてるみたいで。正直、なにがいけなかったのか分からなくて」
駅前のドーナツ屋は、思っていたより狭くて、ぎゅっと凝縮された甘い香りが充満していた。それが、ドーナツの香りなのか、きゃっきゃきゃっきゃとはしゃぐ女の子たちのものなのか。もはや、そんなことすら俺には判断つかない。ショーケースにずらりと並んだドーナツも、店の中をぎっしりと埋め尽くす客たちも華やかで、ひとり、しみったれた雰囲気を放って座っているのが申し訳なさすぎて俺は縮こまっていた。
ちらりと向かいに座る相葉さんを見ると、慣れた様子で我が家のようなくつろぎっぷり。流行りのポップな音楽が流れ、色あざやかな装飾がされた店内に、まるでポスターのごとく相葉さんは馴染んでいる。これが『かわいい』というものなんだろうな、なんて漠然と思った。
瀬良さんもこういうところ来るんだろうか、なんてふいに考えて、胸がずしりと重く沈んだ。そんな妄想してる自分が痛々しいのと情けないのと不可解で……はあっと重い溜息が漏れた。
「たぶんだけどさ」と、しばらくドーナツを味わってから、相葉さんは切り出した。「練習してまで上手になりたい、て相当好きじゃん? それを、遊びで付き合うくらいならいい、て言ったんでしょ? 真剣な気持ちを踏みにじられたっていうかさ。馬鹿にされた気分になったんじゃないかな」
「な……なるほど!」
腹の底のほうから野太い声が湧いて出てきた。
ものすごく納得いった。一度聞いただけで、そこまで分かっちゃうのか!? 相葉さんの読解力たるや……! 感動すらこみ上げて、つい前のめりになっていた。
「そういう……ことだったんですね!」
「いや、分かんないけど」
ちょっと引き気味に、相葉さんは頬を引きつらせた。
「ありがとうございます!」と、テーブルにうちつけんばかりに頭を下げた。「これで、ちゃんと謝れます!」
そうか、そうだったんだ。俺は、瀬良さんの気持ちを傷つけてしまったんだ。遊び、なんていう浮いた一言で。
瀬良さんの悲しげな表情が脳裏をよぎった。あの涙にこめられた想いをようやく理解した気がした。どれだけ、瀬良さんはバスケが好きなのか。俺は全く分かっちゃいなかったんだ。
今にでも、謝りに行きたい。うずうずとして立ち上がりたいのを、俺は必死に押さえ込んでいた。
「なーんか、肩透かし」カフェオレのはいったカップを両手で包むようにして持ち、相葉さんは呆れたように苦笑した。「あの瀬良さんが好きだって言うから、どんな人なんだろーって気になってたんだけど。君って、普通なんだね」
「は……い?」
「ぶっちゃけ、圭って地味だし、目立たないじゃん? 私、全く興味なかったんだよね。正直、存在も知らなかったの」
あの……ちょっと待って。何の話が始まったんだ? さらりと貶されているような気もするが。
「だから、瀬良さんが君のこと好きだ、て聞いて、気になっちゃったんだ。どんなすんごい魅力を隠し持ってるんだろう、て。だから、二人きりで話してみたいなーて思ったの」
相葉さんはつぶやくようにそう言って、ふっくらとした唇をカップに当てた。
相葉さんがカフェオレを口に含むのを俺はぼうっと眺めていた。さっぱり話が読めない。
「なのにさ、既読スルーはひどいよ」
カップをコツンとテーブルに置くと、相葉さんは頬をぷうっと膨らませ、俺を睨みつけてきた。くりっとした瞳で上目遣いで見つめられたら、逆効果ですって!
俺はたまらず、視線をそらしていた。
「そ……そういえば、昇降口でもそんなこと言ってましたけど、なんの話なんですか?」
「とぼけてるー。ラインしたじゃん。今度、二人で遊ぼ、て」
「え」と俺は視線を相葉さんに戻した。「そんなラインは……」
そんなラインは来ていない――と言おうとして、はたりと口を噤んだ。
いや、覚えがあるような。そういえば、突然、ハートだらけでよく顔の見えない可愛らしいアイコンのアカウントからメッセージが来て――。
「あ」と、そのときのひやりとした感じが蘇った。「新手の詐欺かと思ってました!」
「は?」
しまった。俺の連絡先だけ教えて、相葉さんのは聞いてなかったから……いきなり、女の子っぽいアイコンから『今度、二人で遊ぼ』なんて親しげなメッセージが来たもんだから、騙されるものか、と迷いなくブロックしてしまった。
「すんません!」
そりゃ、もう平謝りするしかない。
相葉さんの顔も見れずに頭をさげていると、「詐欺って……」とぷっと相葉さんが噴き出すの声が聞こえた。
「おもしろいから、許してあげる」
そろりと顔を上げると、ウェーブがかった柔らかそうな髪をふわりと揺らし、相葉さんはにんまりと無邪気に笑った。
「なーるほど。魅力はまだ分からないけど……ちょっと興味出てきたぞ」
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