第36話 なんで避けるの!?
腑に落ちない。
配役も決まり、大まかな撮影スケジュールも組み終え、解散になったのだが。俺は今ひとつ納得できずに、半ば、ふて腐れながら部室を後にした。
宇宙人が出てこないと聞いて安心していたのに。結局、また全身タイツじゃないか!
思い出されるのは去年の文化祭用の短編映画。津賀先輩監督・脚本の、もはや悪ふざけとしか思えない青春映画だった。国平先輩演じる記憶喪失の主人公が実は火星の王子で、最後に火星から友人が迎えに来るのだが。その友人の役を俺が
また、あんな目にあうのか!? 俺一人、炎天下の中、全身タイツで汗だくになりながら、カメラの前に立つ羞恥プレイ。それも、瀬良さんの前で――。
その瞬間、ふいに脳裏をよぎるのは、瀬良さんの切なげな顔……。
ずっしりと胸に重石でも乗せられたようだった。息が詰まって、自然と足が止まっていた。
ちょうど、昇降口まで来たところだった。
西日が差し込む昇降口は赤々と染まっていた。人気もなく、しんと静まり返って、不気味なほどに物寂しい。だからだろうか、言い知れぬ焦燥感に襲われた。
このまま、帰っていいのか。瀬良さんに何も言わないまま……。そんな責めるような声が聞こえた気がした。
部活の間も、結局、瀬良さんは目も合わせてくれなかった。避けられてる、というのは、俺の自意識過剰でも、万里の早とちりでもなんでもない。それを確信するには十分だった。
何を言えばいいのかも分からない。でも、何か言わないとずっとこのままだ。それくらいは分かる。
このまま、瀬良さんと何も話せなくなる。そう考えがだけで、胸の中がかき乱されて、いてもたってもいられなくなる。
ぐっと拳に力が入った。得体の知れない衝動に突き動かされるように、俺はくるりと身を翻し――。
「あ」
と、間の抜けた声が漏れた。
そこに――茜色に染まる廊下に、瀬良さんが佇んでいた。相変わらず、どこか儚い雰囲気をまとい、ゾクリとするような憂いを帯びた眼差しで俺を見つめて。
いつぶりだろう。目が合った、と思った。でも、やはりすぐに瀬良さんは逃げるように目を逸らした。顔を伏せ、何も言わずに俺の横を通り過ぎようとする瀬良さんに、
「あのさ……!」と考えもなしに声をかけ、当然のごとく、俺は言葉に詰まった。
どうしよう。なんて言おう? 何を言おう?
もう話しかけてしまったのだから、後戻りはできない。何か言わないと。でも、何から話せばいい? 焦るばかりで頭が回らない。伝えたいことは確かにあるはずなのに、うまく言葉にならない。ごちゃごちゃと絡まった毛玉のようなそれが、喉につっかかってうまく吐き出せないみたいだ。
黙り込んでいると、さすがに不審に思ったのだろう、「なに……?」と瀬良さんが訝しそうに訊ねてきた。
かあっと胸の奥が熱くなった。
「その……話が……」
「話……?」
久しぶりに隣に並んでも、以前のようなふわりと浮遊感すら覚える居心地の良さなんてなかった。まるで針のむしろにいるような、トゲトゲしいオーラが肌に突き刺さってくる。
それを悔しい――と思っている自分がいる。
いつのまにか、隣にいるだけじゃ、満足できなくなっていたんだ。言葉を交わせるだけでも奇跡だ、とそう思っていたはずなのに。いつからか、それだけじゃ物足りなくなっていた。思い上がりだ。身の程知らずなわがままだ。でも……瀬良さんの隣で感じたあの柔らかな空気が恋しくてたまらない。
だから……ここで、ひくわけにはいかない。
「ずっと、気になってたんだ」俺はまっすぐに瀬良さんを見つめ、力強く言った。「なんで――」
「なんで避けるの!?」
突如として、甲高い声が昇降口に響き渡った。それは、決して俺のものではなく、そして、瀬良さんのものでもない。
俺と瀬良さんはぽかんとして見つめ合い、そして声のしたほうへと振り返った。
すると、下駄箱の向こう――夕焼けを背に、腰に手をあてがい佇むシルエットがあった。小柄ながらすらりと長く細い手足に、女性らしいカーブを描いたスタイル。その人影がびしっとこちらに指を指すと、ウェーブがかった長い髪がふわりと揺れた。
「永作圭! もう待ち疲れた。今日は、直接返事を聞かせてもらうんだから!」
まるで子供みたいな愛らしい声が鋭く鼓膜に突き刺さってきた。
狐につままれる、とはこういう状況を言うのだろうか。
なぜかは分からない。でも……その声といい、あの容姿といい、あれは、紛うことなく――、
「相葉……さん?」
何一つ、状況が理解できない中、俺はきょとんとしてその名をつぶやいていた。
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