第33話 あなたに足りないものはなんだと思う?
ぎくりとして振り返れば、そこにはお馴染みの三人組が立っていた。分厚いメガネを掛けた、ひょろりと痩せた短髪の男。その隣には、左目の涙ぼくろが印象的な、前髪をセンターで分けた黒髪セミロングの女性。そして二人の背後でむっすりと不機嫌そうな栗色の髪のイケメン。映研が誇る変人……いや、三年三人衆だ。
「ナガサック、お前なー。ずっと顔見せないで何してたんだ? 退部したかと思ったぞ。ほんとやめてー」と真面目な会社員のような、黒ぶちメガネの高校三年生――部長の
「その手は何?」と言いながら、
「してません!」
ぶわあっと自分の顔が赤面するのが分かって、俺は慌てて手を引っ込め、後じさった。
相変わらず、早見先輩のペースがまったく掴めない。優しげなタレ目に、おっとりとした話し方。癒し系かと思いきや、パーソナルスペースお構いなしで接近してくるし、躊躇なく体に触ってくるし。いつも平常心をかき乱される。弄ばれているんだろうか、と早見先輩の魂胆を探りたくなってしまうが、いつもきょとんとして、まるで悪びれる様子もない。「ワザとですよね?」なんて聞くことさえ憚られる。一年半の付き合いになるが、その独特の距離感は、計算でやっているのか、天然なのか、未だに尻尾も掴めない。
「あのさあ、退部といえばさ」ふいに、津賀先輩の後ろで、俳優顔負けの目を見張る美男子――
しんと部室に静寂が降り立った。
早見先輩はぱちくりとゆっくりと瞬きし、おもむろに津賀先輩に振り返る。津賀先輩はといえば、愛想笑いのようなものを浮かべて黙り込むのみ。背後のイケメンに振り返る様子もない。
「みっちー。聞こえてるよね?」
津賀先輩より頭一つ背の高い国平先輩。津賀先輩の背後にいても、その訝しげな表情がよく見える。
津賀先輩はくいっとメガネをあげ、「早見」とだけ言った。すると、それを合図にしたように、早見先輩は俺の元を離れ、国平先輩のもとへと歩み寄った。
国平先輩と対峙するや、早見先輩は肩まである黒髪をするりと耳にかけ、じっと国平先輩を見上げた。
「国平。皆、あなたのことを顔だけだと思ってるわ」
「いきなり、なに!?」
「聞いて」と、早見先輩は諭すように落ち着いた声で言って、国平先輩の胸に右手をあてた。「あなたに足りないものはなんだと思う?」
「足りないもの……?」
国平先輩は形のいい眉をひそめ、小首を傾げた。そんな悩ましげな表情も様になるんだから、元の造りの良さというものの違いを見せつけられるようだ。それだけでなく、背も高く、バランスよく引き締まったスタイルはほどよく筋肉質で、運動神経も良いとのこと。後輩の俺たちに威張ることもなく、誰にでも公平で謙虚な人だ
そんな国平先輩の足りないもの……か。考えるまでもない。それは――。
「代表作よ」
ずばりと迷いなく、早見先輩はそう言い切った。
「だ……代表作!?」
国平先輩はぎょっとして、くりっと大きな目を見開いた。
「代表作って……どういうことだ?」
「どんなイケメンにも、代表作はあるもの。あなたにはある?」
「俺には……ない、気がする」
「カノジョは?」
「カノジョも……いない」と答えながら、なにやら思いついたように国平先輩ははっとした。「そうか。俺がイケメンなのにモテないのは、代表作がないから!?」
「そうよ。だから、このままウチに残って、代表作を作るべきよ」
「そしたら……カノジョもできるんだな!」
国平先輩はぱあっと希望に満ちた明るい表情で、胸に置かれた早見先輩の手を取り、ぎゅっと握りしめた。
「できるわ」と早見先輩はさらりと滑らかな口調で断言した。「これからも一緒にがんばりましょう」
「ありがとう、ノリちゃん!」
そんな熱い展開を背に、津賀先輩は肩を微かに震わせていた。俺だけじゃなく、こちら側にいる万里や瀬良さんにもはっきりと見えているだろう。津賀先輩の必死に笑いをこらえている顔が。
もはや、驚きもしない。いつものことだった。何度もこんな茶番を見てきた。だから、よく知っている。黙っていれば理知的で、色香漂う大人びた魅力を放ち、微笑めばアイドルのような愛くるしさ。背丈は俺と同じくらいだが、その体つきは無駄がなくモデルのよう。そんな一見、完璧な国平先輩の足りないもの。それは……
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