第31話 眉間の皺、似合ってないよ
「いや……まあ……」
「なんなの、そのはっきりしない返事は!? 女の子泣かしといて!」
これが鬼の形相というやつなのか。万里はそれでなくてもきりっと鋭い目を吊り上げ、真っ赤な顔で俺に詰め寄ってきた。
「あんた、何したの!?」
ずいっと顔を寄せられて、俺はたまらず身を引いた。
「それがだな……正直、なぜ泣かせてしまったのかさっぱりで……」
「はあ?」
「球技が苦手な人だとは思わなかった……と言われたんだ」
さきほどまでの憤怒の表情はどこへやら。万里はぽかんと惚けてしまった。
「何それ?」
「バスケの練習に付き合ってほしい、て言われて、それを断ったんだ」
「バスケ? なんで?」
「好きらしい」
「ふーん……?」と万里は納得いかない様子で眉をひそめ、小首を傾げた。「まあ……あんたは球技はことごとくダメだもんね。練習相手には向いてないわ」
「だろう!? 俺もそう言ったんだ。俺には向いてないから、遊びでやるくらいなら付き合える、て。そしたら……『そんな人だとは思わなかった』――って、泣きながら言われたんだ」
今にも耳にこびりついて離れない。痛々しく掠れた、瀬良さんの寂しげな声。思い出すだけで、ずんと心が沈む。自然と、視線が落ちていた。
夏休みの到来に喜び沸き立ち、「ええじゃないか」「ええじゃないか」と踊るように教室を飛び出していったクラスメイトたち。今も校舎のどこからか誰かのはしゃぐ声が聞こえてくる。そんなお祭り騒ぎも、もはや他人事だ。教室に取り残された俺たちの間には重たい空気が漂い、わいのわいのと歓喜に揺れる校舎の中で、まるでここだけ異空間。ずんと静まり返った教室で、万里のため息つくのがかすかに聞こえた。
「んー……なぁんか怪しい話ねぇ。そうだったんだーとも言えないし……怒ろうにも怒れないんだけど」
そりゃそうだ。当の俺だって未だに理解できていない。
しかし、だ。
万里は以前、俺の連絡先を渡さないと瀬良さんが心配する、と預言者のごとく謎のアドバイスをしてきたことがあった。俺にはさっぱりだったが……女子にしか分からない乙女心というやつがあるのだろう。実際、瀬良さんは確かに何やら心配していて、俺は連絡先を渡すことになった。
だから、今回もそうなのかもしれない、とちょっと希望を抱いていた。万里なら、もしかして、瀬良さんが涙を流した理由が分かるんじゃないか、と……。
その万里が分からないとなると……もうお手上げだ。
「だから、言っただろう」と俺はしゅんとしおれた葉っぱのように背を丸め、ぶつくさ言った。「なぜ泣かしてしまったのか分からない、て」
「他に思い当たることはないわけ?」
「他……かぁ」
とはいえ、瀬良さんと話したのはそれが最後だ。思い当たることも何も、そのあとの瀬良さんとの思い出がない。
心に溜めこんだ淀みのようなものが、はあっと深いため息となって漏れた。
いったい、なんだ? 俺は何をしてしまったんだ?
頭をひねって黙り込んでいると、ぺしん、とおでこを平手うちされた。
「痛っ……! いきなり、何だよ!?」
ぎょっとして身構える俺に、万里は哀れむような、呆れたような、そんな笑みを浮かべた。
「眉間の皺、似合ってないよ」
「似合ってないって……今、そんなこと言うか!?」
「考え込んでもしょうがないでしょ。あんたはアホなのが取り柄なんだから」
俺は反応に困って、ぽかんとしてしまった。
慰められているのか、貶されているのか、分からん。
「ほら、部活行くぞ」ひらりと短いスカートをなびかせ、万里は身を翻した。「印貴ちゃんも来るんだから」
「は……!?」
聞き逃しそうなほど、さらりと放たれたその言葉に、俺は思わず大声をあげていた。
「瀬良さんが……来る!?
「そーよ」と、万里はこちらに背を向けたまま答えた。「だから、ちゃんと話しなよ。言いたいこと、あるんでしょ」
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