第28話 なんだか、変だよ。永作くん

「ごめんね」と頰を赤らめたまま、瀬良さんは申し訳なさそうに口を開いた。「ありがとう。重くなかった?」

「いや……全然だけど……瀬良さんこそ、大丈夫?」

「うん、大丈夫。足がしびれちゃっただけ」


 よかった。引かれてない。それどころか、俺の心配をしてくれるなんて……。

 そうなんだよな。瀬良さんってこういう人なんだ。

 気遣うような笑みを浮かべる瀬良さんをぼうっと見つめながら、何かが胸につっかえていた。

 なんなんだろう、この感じ。スッキリしないモヤモヤとしたもの。得体の知れない衝動のような。よく分からない不安が込み上げてくる。それを抑え込むように、俺は正座した膝の上でぐっと拳を握りしめた。

 そんなとき、


「それにしても」と、瀬良さんが足をさすりながら切り出した。「ほんとびっくり。永作くんがうちのお風呂借りに来るなんて」

「あ……いや、俺もびっくりで……」

「知ってたら、お出迎えとかしたのにな」

「いやいや、そんな! 滅相も無い!」


 お出迎えなんてされたら、そのまま「家、間違えました」とか言って、猛ダッシュで逃げ帰っていたかもしれない。


「あ。そういえば……お姉ちゃんに変なことされなかった?」

「変なこと!? ですか!?」


 思いっきり動揺して、声が裏返ってしまった。当然ながら、何かを察したのだろう、瀬良さんの表情が曇った。


「やっぱり。何かされたんでしょ! もう。お姉ちゃんって人をからかうの大好きだから」

「いや、ただ、手を繋がれただけで……」


 て、何もフォローになってないぞ!? お風呂借りに来て、手を繋ぐって……どういう状況!? 怪しすぎだろ。妙な誤解を生むんじゃ……と焦る俺をよそに、瀬良さんは「なーんだ」とでも言いたげに胸を撫で下ろした。


「そっか、ごめんね。びっくりしたでしょ。お姉ちゃん、手を繋ぐの好きらしくて」

「あ……そうなんだ」


 なるほど……て納得していいのか疑問だが。フェチみたいなのってあるもんな。登山家みたいな感じか。そこに手があったから繋いじゃった、みたいな? 


「特技なんだって。手を繋ぐだけで大抵の男は立たせられる、て自慢げに話してた」

「うぶっ!」


 思わず、変な声を出して咳き込んでしまった。


「どういうシチュエーションなのか、よく分からないけど……男の人が転んじゃったときの話かな? て、大丈夫、永作くん!?」

「だ、大丈夫……」


 言いつつ、顔を背けて、むせ払い。

 なんだろう。瀬良さんの口からとんでもないことを聞いてしまった気がする。いや、気のせいだ。俺の穢れた精神が瀬良さんの発言を捻じ曲げて、よこしまな意味に捉えてしまっただけだ。そうに違いない。そうですよね、蘭香さん!?


「顔、赤いけど……本当に大丈夫? 湯冷めして、風邪引いちゃったとか……」

「ないです、ないです! もうなんていうか暑いくらいで」


 あはは、と我ながら不自然に笑いながら、パタパタと俺は自分の顔を手で煽った。

 瀬良さんは不思議そうに小首を傾げ、


「じゃあ、脱ぐ?」

「脱ぐ!?」

「あの……スウェット……」

「あ……ああ!」


 わー! だめだ、もう! 蘭香さんのせいで、頭の中で邪な翻訳機能が作動してしまっている!


「なんだか、変だよ。永作くん」

「そ、そうですか!?」

「ほら、また敬語になってるし」

「あ……」


 落ち着け、俺! 蘭香さんの特技に動揺しすぎだ。

 これ以上はだめだ。帰ろう。外もだいぶ暗くなってきてるし。これ以上、失態を犯す前に退散しなくては!


「あの……そろそろ、帰るよ」


 咳払いして立ち上がろうすると、瀬良さんが「あ!」と慌てた様子で声をあげた。


「待って! あのね……」


 何か言いかけ、途端に瀬良さんは表情を強張らせ、うつむいてしまった。


「どうかした?」

「うん……」


 ものすごく言いづらそうに、瀬良さんは顔を赤くしてモジモジしている。何やら、重大な事実を打ち明けられそうな空気だ。

 もしかして、チャックでも開いてる!? と一瞬焦ったが、そういえば、ジャージだった。

 じゃあ、なんだろう? ほかにこんな重い空気になることといえば……。


「あの……!」と満を持したように瀬良さんはバッと顔を上げ、力強く切り出した。「保健室で言ったこと、覚えてる?」

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