第26話 読んでく?
そう。見覚えのあるA4サイズの冊子が、瀬良さんの机の上に置いてあったのだ。表紙の真ん中にデカデカと『あまのじゃくの恋』と書かれているのが見える。
「万里ちゃんにもらったんだ」
そう言って、瀬良さんは台本を手に取った。
万里め。いつのまに……。
「永作くんも、もう読んだんだよね?」
「俺? いや……一応、受け取ったんだけど、まだ開いてもいないよ」
当然のようにそう答えた俺に、「そうなの!?」と瀬良さんは目を丸くした。
「うーん。実はさ、うちの部長の作品は、いつも最後は宇宙人が出てきて、それまでのトンデモ設定をねじ伏せるという卑怯なオチがお決まりなんだ」
そして、どうせ俺は真っ赤な全身タイツを着せられ、仲間を迎えに来た宇宙人A役をやらせられるというわけだ。ああ、辞めたい。
特に入りたい部活もなかったとはいえ、万里にまんまとはめられた。勝手に入部届けを出された挙句、ちょっと涙目になりながら、「このままじゃ、廃部になっちゃうの」とか言われて、かわいそうだ、と迂闊にも思ってしまった。あの万里がそれしきのことで泣くわけが無い。目薬でも仕込んでたんだろう、と冷静になったら分かるものなのに。案の定、入ってみたら、幽霊部員は多いものの、部員数は十分足りているようだった。
昔からそうだ。なぜか、万里は何かと俺を厄介ごとに巻き込むんだよな。それにいつも引っかかって、なし崩しに付き合ってしまう俺も俺なのだが。
積年の後悔が重いため息となってこぼれていた。
「オチがわかってるのに、読む気しないよ」
「そうなんだ」ふふ、と瀬良さんは楽しげに笑った。「じゃあ、これ読んだら、永作くんびっくりするかも」
「へ?」
びっくりする?
きょとんとする俺に、瀬良さんは遠慮がちに小首を傾げて言った。
「読んでく?」
* * *
主人公のアケミは、とある山であまのじゃくという妖怪に取り憑かれ、本音を口にできなくなってしまう。そのせいで、長年、片思いをしているケイスケに告白したくても、「好き」という言葉を口にできず、想いとは逆のことばかり口走ってしまう。そうして、夏休みを迎え、アケミは近所の祭りでケイスケとばったり出くわし――。
「好きだ、て告白されて、キスするの」
隣でページをめくりながら、瀬良さんはうっとりと呟くようにそう言った。
「あまのじゃくは、アケミの恋が成就するのを見届けて、アケミのもとから去るの。それでようやく、アケミもケイスケに『好き』て言えるようになって、想いが通じあう。ね? ドキドキするでしょ」
興奮気味に息巻いて、嬉しそうに微笑む瀬良さん。肩が触れるかどうか、の至近距離で、そんな笑顔を向けられたら……もう俺の心臓はドキドキどころか、爆発寸前のボイラー状態です。
なんて、言えるわけもなく。俺は、「なるほど」とおもしろみのない相槌打って、瀬良さんの笑みから逃げるように視線を台本へと戻した。
ローテーブルに台本を置き、二人で並んで床に座って朗読会――といっても、台本に興味がない俺のために、瀬良さんがページをめくりながら、それぞれの場面の流れをダイジェストにして辿っていってくれたんだが。
朗々と流れる、穏やかで透き通るような瀬良さんの声のなんと心地よいこと。ずっと聞いていたくなる。陽だまりの中、静かな山奥の川べりに寝転び、川のせせらぎに耳を傾けているかのよう。やったことないけど。
今こそ、声を大にして言いたい。色々と腑に落ちない成り行きはあったが……蘭香さん、ありがとうございます!
「宇宙人、出てこなかったでしょ?」
得意げな瀬良さんの声がすぐそばで聞こえ、俺ははっと我に返った。
「そ……そうだね」と、落ち着かない手元が、目的もないのに本をめくる。「あまのじゃくが実は宇宙人だった、みたいなオチかと思ったら……思いの外、普通に終わったな。でも、ケイスケ、すごいな。返事も聞かずにキスって、一歩間違ったら、事件だよね? 両思いだったからよかったものの――」
って、おい! なに言い出してんだ、俺? もうちょっと、賢そうな感想あるだろ。
瀬良さんも呆れ返っているかと思いきや、クス、と笑う声がした。
「そういうこと考えちゃうんだ?」
「考えちゃいました……」
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