第25話 それ、『あまのじゃくの恋』だよな?
「なんで……なんで、永作くんが!?」
「すみません! 決して、盗み聞きとかしてたわけじゃ……」
すると、瀬良さんはたちまち顔色を失くし、なぜか、持ってたスマホを背中の後ろに隠した。
「さっきの、聞いてたの!?」
「いや、大丈夫! ほんと、何の話だかはさっぱり分からなかったし!」
「そう」とホッとしたかと思えば、瀬良さんはぎょっと目を見開いた。「って、なんで、永作くんがお父さんのスウェット着てるの!?」
「お、お父さんの!?」
え、と蘭香さんのほうを見やると、蘭香さんは悪びれた様子もなくにこりと笑った。清々しい笑みが、余計に怖い。無言のプレッシャーを感じた。
もしかして、これが元彼のだって知ってるのは俺だけなのか……? 妹の瀬良さんにまで言ってないことを、なんで俺に言ったんですか、蘭香さん!?
「圭くん家のお風呂壊れちゃったんだって。だから、ウチのお風呂使ってもらったの。で、まあ……湯冷めしそうだったから、スウェット貸してあげたの」
「そう……だったんだ。でも、なんで言ってくれなかったの!?」
「急だったから」
しなやかな指を頬にあて、蘭香さんは「ごめんね」と物憂げに眉尻を下げた。おかしいな。朝、うちの母親と会ってそういう話になった、て言ってなかったっけ。急ではなかったはずだが。さらりと嘘ついた?
「それに、印貴は忙しそうだったし」
にんまり妖しく笑って蘭香さんがそう告げると、瀬良さんはぼっと頬を紅潮させ、口をパクパクさせた。何かを言いたそうだが、もはや声になっていない。
慌てたりする姿は見たことあったけど、ここまで取り乱す瀬良さんは初めてだ。ゆるっとした白いロングTシャツに、ちらっと見え隠れする紺のショートパンツ。そんなラフな格好も相まってか、いつもより……学校で会うときより、身近に感じてしまう。
学校で見かける瀬良さんは、慎ましやかで品行方正。まばゆいほどの黄金の鎧で身を固めているかのような、そんな近寄りがたいオーラがある。――それが、今はない。今なら、触れられるんじゃ無いか、なんてそんな気がして……て、何を考えてんだ、俺!?
「さて。じゃ、私はそろそろバイトだから。ゆっくりしてってね、圭くん」
「あ、はい!」
って、おおい!? 思わず、返事しちゃったけど! ゆっくりって……瀬良さんの部屋で!? 二人きり!?
「蘭香さん!?」
「お姉ちゃん!?」
俺と瀬良さんの呼び止める声も虚しく、蘭香さんは風のように俺の横を通り過ぎ、さっさと一階へと姿を消してしまった。
ドタバタと一階から騒がしく馳け廻る音がして、やがて、バタンと玄関のドアが閉じる音が響いた。
しんと静まり返った家で、俺と瀬良さんは呆然と立ち尽くした。いきなり、部屋で二人きりにされて、どうしろというんだ? 瀬良さんも困っているのだろう、顔を真っ赤にして俯いてしまっている。
どうしよう。蘭香さんには、ゆっくりしていけと言われたものの……明らかにおかしいよな。瀬良さんは俺が風呂を借りることも知らなかったんだし、突然、部屋に来て居座られても迷惑と言うか……もはや、気味悪いよな。かといって、どうお暇すればいいのやら。いきなり、「じゃ!」て帰るのも不自然だろうし。
こんなときに使える気の利いた言葉なんて俺の辞書にはない!
とりあえず、沈黙をなんとかせねば。何か話題はないか……と部屋の中で泳がせた視線の先で、俺はあるものを見つけてハッとした。
「あ……台本……?」
「え」と瀬良さんは弾かれたように顔を上げた。
「それ、『あまのじゃくの恋』だよな?」
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