第24話 直接本人に言ったらいいんじゃない?
嘘ってどういうこと?
ぽかんとしている俺をよそに、蘭香さんは背にしたドアをコンコンとノックして、
「印貴、はいるよ〜」
「え!?」
ちょっと待って、という言葉が声になる前に、蘭香さんはさっさとドアを開けて、中へと入っていった。
その瞬間、流れてきた甘く香る空気に、はっきりと瀬良さんの気配を感じた。
「どう? メールはできたの?」
部屋の奥へと進みながら、蘭香さんがそう訊ねると、
「全然、だめー。助けて、お姉ちゃん」
そんな泣き言が聞こえてきた。
聞き覚えのある澄んだ声――それでいて、聞き慣れない子供みたいに甘えた声色は新鮮で、背徳感さえ覚えて……。瀬良さんだ。そう確信しつつ、戸惑った。
蘭香さんの背を追うようにして、部屋の奥へと視線をやれば、ベランダに通じる窓の傍らで真っ白のシンプルなデスクに向かう小さな背中が見えた。
髪はくしゃっとお団子にまとめられていて、後ろ姿だけでも全然印象が違う。それだけで、ゾクリとしてしまった。さっさと立ち去ってしまえばいいのに、なぜか、体が動かなかった。振り返ったらどんな姿なんだろうか、と何を期待しているんだか、そわそわしている自分がいた。普段と違う瀬良さんの姿。学校では見せない、誰にも見せたことのない自然な姿。それを見れることへの優越感のようなものがこみあげていた。
そんな自分に辟易としながらも、確かに感じる興奮にも似た焦りを否定することも、抑え込むこともできない。
これは、まずい。――漠然と、そう思った。
そんな青少年たる俺の葛藤をあざ笑うかのように、蘭香さんは素知らぬ顔で瀬良さんの隣に立ち、「どれどれ」と余裕の面持ちで瀬良さんの手からスマホをとって、その画面を眺め始めた。
いや、あの……俺は? 永作くん来てるよ、とかそういう前置きみたいなのしてくれないの? 俺にどうしろと……? 出るタイミングを明らかに逃してしまった気がする。
ここで、「やあ、瀬良さん。お邪魔してまーす」なんて出ていけるほど俺は陽気な奴では無い。ていうか、瀬良さん、振り返りもしないって……俺の存在感とは幽霊以下なんだろうか?
すっかり放っとかれて、まるでただ瀬良さんの部屋を覗いているだけの変な人に成り下がっていく。いたたまれない虚しさに苛まれながらも、アホみたいに立ち尽くしていると、
「いいんじゃない?」とふいに、蘭香さんが口を開いて、スマホを瀬良さんに返した。「あとは本人にこれを伝えればいいだけ」
「うーん。でも、いいのかなぁ? メールでいきなり、こんなの送られてきたら、びっくりしない? 引かれたらどうしよう」
瀬良さん、ちょっと待って、ちょっと待って! 後ろ、後ろ! 俺、いるから。そんな込み入った話はやめてー!
これは明らかに……姉妹の相談事、盗み聞きしちゃっている。プライバシーの侵害甚だしい。瀬良さんの信頼をズタズタに切り捨てているようなもんだ。
だめだ、と俺は怠けていた理性を叩き起こして、ぐっと後ろに一歩後じさった。
すみません、蘭香さん。なんで俺をここに連れてきたのか、さっぱり分かりませんが、俺はこのまま逃げ……いや、帰ります!
息を殺し、踵を返そうとしたときだった。
「じゃあ、直接本人に言ったらいいんじゃない?」ぱあっと晴れやかな声で蘭香さんが言うのが聞こえた。「ちょうど、永作くん、そこにいるんだし」
「わちょっ!?」
思わず、カンフーの達人みたいな声が飛び出していた。
なんですか、そのタイミング!?
ぎょっとして振り返ると、ちょうどこちらを振り返った瀬良さんとばちりと目が合った。
――て、あ。瀬良さん、黒縁メガネしてる。かわいい……。
「え……ええ!?」
瀬良さんは見たこと無いほど狼狽して、立ちあがった。
ああ、いかん。メガネっ子の瀬良さんに一瞬にして骨抜きにされていた。俺はハッと我に返って、とっさに「違うんです!」と両手を挙げて叫んでいた。
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