第18話 だって、それだけ大事に思ってる、てことでしょ

「好きって……なんで、そうなる?」


 確かに、キモイことを言いまくってしまったが。だから、好き、というのは安直すぎではないだろうか。

 万里はわざとらしくため息ついて、呆れ顔で机に頬杖ついた。


「だって、それだけ大事に思ってる、てことでしょ。世界遺産並みに」

「まあ、世界遺産だからな。大事にしなきゃダメだろう。傷なんてつけたらとんでもない。でも、だからって、好きだと言うほど詳しいわけでもないし。よく知りもしないで、好きだと言うのは京都の人にも失礼な気が……」

「なんで、まだ銀閣寺の話してんのよ!?」

「ええ!? なんだよ、違うのか!? じゃあ、お前は何の話を――」


 言いかけ、俺は言葉を切った。机の上でブーブーと俺のスマホが震えていた。


「もしかして、印貴ちゃん!?」


 万里はきりっと表情を引き締め、ぐっと身を乗り出してきた。

 もともと目鼻立ちがはっきりして、クールな印象の万里。そういう真剣な顔していると、ほんとだ。バレンタインに大量のチョコを受け取っていても、なんら不思議に思わなかったもんな。万里を横目でちらりと見ながらそんなことを考えつつ、俺はスマホを手に取った。

 瀬良さんではないことは、俺はすでに分かっていた。ディスプレイに浮かぶメッセージには、しっかりと『母』の名前が出ていた。


「母親」


 それだけ言って、俺はスマホのロックを解除して、メッセージを確認した。

 今はまだ、母さんはパートの時間だったはずだ。メールしてくるなんて珍しい。何かあったんだろうか。


「おばちゃん? 大丈夫?」

「ああ……」『言い忘れてた!』という書き出しのメッセージを軽く目でスキミングしながら、俺は万里に答えた。「今朝、風呂の給湯器が壊れたらしい。とりあえず、今夜はお隣さんの風呂を借りることになったから、迷惑にならないように早めに帰って借りてこい、て」

「え!?」


 万里が俺以上にびっくりした様子で目を丸くして固まった。

 ああ、そっか。万里の家は新築だったもんな。給湯器が壊れるとか、そういうアクシデントはまだ経験してないか。

 うちの家も隣の家も古いから、いろんなところにガタがきてて、何かあればお隣同士で助け合い。和気藹々とあれを借りたりこれを借りたり。古き良きご近所付き合い、ここにありだ。

 俺はスマホをポケットにつっこんで、のっそりと立ち上がった。


「よくあることだよ。うちも風呂貸したことあるし。持ちつ持たれつ、てやつだな。とりあえず、隣のじいちゃんが寝る前にさっさと風呂借りないと……」

「圭、あのさ」と、万里は何やら深刻な面持ちで俺を見上げていた。「その隣のじいちゃん、て……岸田さんのことだよね?」

「そうだけど、なんだ?」

「岸田さんって引っ越しちゃったよね?」

「あ……」


 間の抜けた声がでた。

 ぴしっと身体が凍ったようだった。どこからか、ダラダラと冷や汗のようなものが噴き出し、背中を伝っていく。

 そうだ。もう岸田さんはいないんだ。その代わりに引っ越してきたのが……。


「『お隣さん』って、今、印貴ちゃん家なんじゃないの?」


 万里は責めるような口調でずばりと言った。

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