第14話 保健室、行こ
噂? 藪から棒に何の話だ?
ぎょっとして振り返ると、森宮は高尚とは程遠い、なんとも俗っぽいニヤニヤとした笑みでこちらを見ていた。
「セラちゃんとうちのクラスのノンノンが、お前の奪い合いをしてる、て」
「はああ!?」と思わず、大声が飛び出していた。「いやいや、奪い合いって……俺の何を奪うっていうんだ!?」
「とりあえず、ノンノンがお前の連絡先を手に入れて、一歩リード、て話だけど。なんで、そんなデマが流れるんだろうな? ノンノンがお前を裸にしたいって言った、とかそんな噂まで広まってるし」
おおう。
笑いがこらえきれない、と言った様子でプククと変な音を立てる森宮を横目に、俺は頬を引きつらせた。
なんというか……なるほど、こうして噂というものが生まれるのか、と成り立ちを体感した気分だった。
「いや……確かに、相葉さんに連絡先は聞かれて教えたんだけど……」
「は?」
ふっと森宮の笑みが消える。
「なんて?」
「今朝な、急に相葉さんに連絡先を聞かれて……断る理由もないし、教えたんだ。そのとき、丸裸にしてやるぞ、と言われて……」
「なんで?」と森宮はぞっとするほどの真顔で聞いてくる。「なんで、そんなラッキーイベント発生してんの? お前、何か助けた? 鶴? 亀? 何助けた?」
「そんな日本昔話的なフラグに覚えはないが……」
あるとすれば、迷子の瀬良さんを助けたくらいだけど。
「じゃあ、なんで? なんで、いきなり、ノンノンに連絡先聞かれてんの? 丸裸にしてもらえんの?」
近い、近い! こわい、こわい!
「落ち着け! てか、丸裸にされたわけじゃねぇって……んがっ!?」
ものすごい剣幕でじわじわと歩み寄ってくる友人から逃げるように後退ったときだった。足がもつれてバランスを崩し、俺はそのまま背中を打ち付けるようにしてずっこけた。
わんわんと耳鳴りのようなものがしていた。ぼうっと見つめる先に、体育館の天井があって、コケた拍子に体育館の中に入ってしまったことに気づいた。
卓球やってるはずの俺が、なんで体育館にいるんだって……そう思われるんだろうなーなんてのんきなこと考えていると、どこからか「永作くん!」と呼ぶ声が聞こえてきた。森宮にしては、ずいぶん高くて、澄んだ声だった。
「大丈夫!?」
ばっと急に誰かが視界に飛び込んできて、その声ははっきりと頭の中に響いた。
しっとりと浮かんだ汗が体育館の照明を浴びて、キラキラと光って見えた。俺を覗き込むその顔は憂いを帯びて、じっと俺を見つめる瞳は不安げに揺れていた。
清廉で、儚げで、まさに白衣の天使――のような体操着の瀬良さん!?
ビリッと全身に電流でも走ったようだった。「うわあ」と情けない声をあげて、俺は飛び起きた。
「瀬良さん!?」
「大丈夫? どこか痛いところない? すごい音したけど……頭、打った?」
じっと上目遣いで見つめてくる瀬良さんに、背筋がゾクゾクした。
なんか、やばい。無性に……無性に、瀬良さんを抱きしめたくなってくる。なんなんだ、これ? まさか、俺は瀬良さんにあらぬ下心を……!?
「腫れてたりしないかな?」
するりと伸びてきた瀬良さんの指先が耳を掠め、俺はとっさに一歩引いた。
「大丈夫です、ほんと! どこも打ってないです!」
いや、打ったのかもしれない。頭を思いっ切り打ち付けたのかもしれない。理性がものすごい、ぐらついている気がする。
「じゃあ、俺、卓球があるんで」
と、何かしでかす前に退散しようと身を翻したときだった。
「保健室、行こ」
きゅっと腕を掴まれた。
記憶に新しい、生々しいほど鮮明に残っているその感触。瀬良さんのほっそりとした指先が、滑らかな肌が、手のひらのその温もりが――その感触が腕から伝わって来る。
かあっとみぞおちの奥から熱がこみあげてくるようだった。
「あ、あの……瀬良さん、俺、大丈夫なんで!」
戸惑う俺の声に耳を貸す様子もなく、瀬良さんはぐいぐいと俺を体育館の外へと引っ張り出していく。
「ほんと、心配しなくて大丈夫ですから! なんなら、保健室は自分で行けますし! 瀬良さんを煩わせるわけには……!」
軽やかに弾む瀬良さんのポニーテールに訴えかけるが、瀬良さんは振り返ることもなく、俺の腕を引っ張っていく。
そのまま、ぽかんとして佇む森宮の横を通り過ぎ、校舎へと行く道すがら、瀬良さんは焦ったような上擦った声で言った。
「私が……大丈夫じゃないの」
「はい……?」
「私が一緒に保健室行きたいの。永作くんと一緒にいたいから」
「もちろんですとも! 分かってます、別に俺と一緒にいたいってわけじゃ……」
言いかけ、俺ははたりと言葉を切った。
あれ? あれ!? なんか……いつもと違う?
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