第15話 そういうとこが……心配になっちゃうんだよ
「瀬良さん……あのー、瀬良さん?」
校舎の中を瀬良さんに腕を引かれて進む間、何度もそう声をかけたのだが、瀬良さんは返事どころか振り返りもしてくれなかった。
なんだろう、これは。何が起きているんだ?
瀬良さんの様子がおかしい。さっきも、俺と一緒にいたい、て言われたような気がするし。聞き間違い? それとも、何か事情が……?
考えても答えなどでるわけもなく、ぐるぐる頭の中で不毛な思慮を巡らせているうちに、保健室にたどり着いていた。
保健室に入るなり、ぱっと離された瀬良さんの手の
ぱりっとした固いシーツが実に居心地悪い。だからだろうか、妙にそわそわするのは。
「誰もいないみたいだね」
保健室を見回してから、瀬良さんはベッドの傍らで心配そうにそうつぶやいた。
「私……先生、捜してくるね。永作くんは横になってて」
焦りもあらわにそう言って、今にも走りださんとする瀬良さんを、俺はたまらず「ちょっと待って」と引き止めていた。
「どうかした? あの、さっきから様子が変っていうか……さっきも、『俺と一緒にいたい』って言ってたような気がして。もしかして……」
瀬良さんは顔を真っ赤にして俯いた。瞳を潤ませ、何かをこらえるかのようにきゅっと唇を引き締めている。
この尋常でない様子。ただならない雰囲気。やっぱりそうか、と俺は確信した。
「何か悩み事ですね!? 学校? ご近所付き合い? 引っ越してきたばっかりですもんね。そりゃ、慣れないこともありますよね。俺でよければ、話聞きますから――」
「噂、聞いたの」と瀬良さんは思いつめた面持ちで俺の言葉を遮った。「相葉さんが永作くんのこと好きだ、て。もう連絡先も交換して、順調だ、て……そう聞いて、心配になっちゃって」
「心配……?」
その単語に、ふっと幼馴染の顔が脳裏をよぎった。
そうだ。万里にも言われたんだ。俺が相葉さんと連絡先交換したなんて噂を聞いたら、瀬良さんが心配する、て。だから、瀬良さんに俺の連絡先を渡せ、て言われて、瀬良さんと二人きりになろうとして……俺は瀬良さんがいる体育館に行ったんだ。
でも――。
「なんで……?」
ぽろりと素の疑問が口から転がり出ていた。
すると、瀬良さんはハッとして、すぐさま顔を隠すようにそっぽを向いてしまった。
シンと静まり帰った保健室で、どこにあるのか、時計の針の音だけが響いていた。いったい、何度、その音を聞いてからだろう。
「あの……ね」と瀬良さんが口火を切った。
ようやく事情が聞ける。そんな期待と安堵のようなものがこみ上げつつも……それ以上に、絞り出したような瀬良さんの声がひどくつらそうで、その肩が震えているように見えて――。
「瀬良さん、これどうぞ!」
俺は立ち上がり、ポケットの中から取り出したクシャクシャの紙を瀬良さんに差し出していた。
振り返った瀬良さんは、当然ながら、きょとんとして目を瞬かせた。
「俺の連絡先です!」
「へ……?」
「これで、瀬良さんの心配事はなくなりますか!?」
自分でも何をしているのかよく分からない。瀬良さんが何を心配しているのかも分からないし、俺の連絡先で何が解決するのかも分からない。でも……こんなに顔を赤くして無理している瀬良さんを、俺はこれ以上見ていられない。そこまで瀬良さんが言いづらいことなら、俺は聞かなくていい。
俺は瀬良さんを困らせるようなことはしたくはない。
ここは、万里を信じよう。俺にできるのは、それくらいしかない。
「なぜかは分からないけど、別にいいんだ。瀬良さんが元気になるなら俺は何でもします」
これでよかったのか……冷静になったら、あまりの恥ずかしさにその辺の壁に頭を打ち付けそうで、あえて、俺は頭で考えないようにしていた。
すると、しばらくして、ふっと緊張の糸が切れたように、瀬良さんはクスリと笑った。困ったような、安心したような、そんな笑みだった。
「もう、参ったなぁ。永作くんのそういうとこ」
俺の手からクシャクシャになったノートの切れ端を取ると、瀬良さんはそれを大事そうに胸元に当て、ふっと目を細めた。
「そういうとこが……心配になっちゃうんだよ」
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