第5話 すごい仲いいんだね

「回覧板!? ではなくて……」

「回覧板……ではない!?」

「ええと……あ、あの、部活のことで……」

「部活?」

「映画研究部って……今日の放課後も活動あるのかな、て」


 恥ずかしそうに、遠慮がちに、奥ゆかしさたっぷりに訊ねられ、俺は一瞬、固まってしまった。質問の内容よりも、その愛らしさにすっかり心奪われて、石にでもされてしまったかのようだった。

 その一瞬の隙をついて、「えー! もしかして、興味ある!?」と隣から万里が口を挟んできた。え、と戸惑う瀬良さんが何か言うより先に、万里はガタガタと慌ただしく席を立つと、ぐいっと羨ましいほどに瀬良さんに詰め寄った。


「映研のことならこいつじゃなくて、ぜひこの私、乃木万里に! こいつは私にくっついて入部してきたようなもんで、にわかだからさ」

「嘘を言うな! お前が勝手に俺の入部届け出したんじゃないか! 部員が足りない、とか言って」

「細かいことはいいじゃん、もぉー。圭は黙ってて!」


 なんと、横暴な! 瀬良さんも引いてるぞ。ドン引きだ。見たこともない不安そうな顔で俺たちを見比べてる。


「二人……すごい仲いいんだね」


 ほらみろ、すごい気を使わせている! 俺たちのこの険悪な雰囲気を見て、『仲がいい』だなんて……! 『喧嘩するほど仲がいいっていうもんね』的な苦しいフォローを……! 精一杯、場を和まそうとしてくれているんだ。必死に作ったような不自然な笑みが、さらに申し訳なさをそそる。


「あ……!」と、ふいに思い出したように瀬良さんはハッとした。「違うの。別に、二人が仲良さそうで羨ましかったとかじゃなくて!」

「分かっていますとも! 貶しあう関係なんて讃えられるようなもんじゃありませんよ。でも、心配しないでください、瀬良さん! 俺たち、本気で喧嘩してるわけじゃないんで。幼稚園から一緒で、普段からこういう感じなんです」

「幼稚園から? じゃあ、幼馴染……みたいな?」

「みたいな感じです!」

「そっか」と、しかし、瀬良さんの表情はまだ晴れない。まだ心配している? というか、余計、表情が固くなってしまったような……。


「私たちのことはどうでもいいから」ばっさりと、心底どうでも良さそうに、万里は苛立った声で俺と瀬良さんの会話をぶった切った。「そんなことより、映研、入ってくれるの、瀬良さん?」

「あ……うん。手先とか器用なほうだから。小道具とかお手伝いできればな、て思って」

「小道具!? いやいやいや、何言ってんの!?」


 いやいやいや、お前が何言ってんの!? と、俺は心の中で万里に叫んだ。せっかく、瀬良さんが小道具をお手伝いしてくださると言っているのに。なんだ、その言い草は!? そこは、「そのしなやかなお手先を煩わしてしまって良いのでしょうか」だろう。

 しかし、俺はぐっとこらえた。いつもの調子で万里につっかかってしまったら、また瀬良さんを怯えさせてしまうかもしれん。瀬良さんの麗しい目には、きっと、漫才さえ暴力沙汰に映ってしまうのだろうから。

 胃痛を覚えながらも、見守るしかない俺の前で、万里は急に神妙な面持ちになって瀬良さんの両肩をがしっとつかんだ。


「瀬良さん。あなたはヒロインに決定よ」

「え……?」


 は? 

 瀬良さんも俺も、そして、盗み聞きというレベルを越えてこちらの様子をガン見で鑑賞しているクラスの奴らも、同じことを思ったことだろう。――今、何を決定したんだ、こいつは?

 万里は切れ長の目をふっと細め、薄い唇にニヤリと笑みを浮かべた。悪巧みをしている子供のような、無邪気で不穏な笑顔。嫌な予感しかしない。


「ちょうどいいわ」と、万里は俺の机の上から台本をするりと取ると、高々とそれを掲げ、教室中に響き渡る声で宣言した。「我が映画研究部が文化祭に向けて全総力を持って臨む新作映画『あまのじゃくの恋』。ヒロインは、この瀬良印貴ちゃんに決定しました!」


 その瞬間、おお、と野太い声が上がって、教室がざわめき立った。

 何をいきなり宣伝してんだ!?


「おい、万里! 勝手にそんな……」


 さすがに暴走しすぎだ。口を塞いででも止めなくては、と思った俺だったが、すでに遅かった。


「最後にキスシーンあり!」


 声高々に、ネタバレしたー!?

 ――って、いや。そこじゃない。そんな問題じゃないぞ!

 教室中が熱気を帯びてどよめき立って、もはやお祭り騒ぎ。歓声のようなものすら飛び交う中、瀬良さんは反応すらできない様子で呆然と佇んでいた。

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