第27話 後始末




初撃、メリスが吹き飛ばされたのを見て誰しもが目を丸くする。


確かにアルヴィスの動きは殆どの見物人には捉えられなかった。かろうじて護衛の2人と試験官だったレイダスの3人だけはその速さについていけた程度。


そして完全にアルヴィスの攻撃はメリスに止められたのだ。










にも関わらず吹き飛んだのはメリス。


誰も彼も、空いた口が塞がらない状態。










その後も凄まじい戦いを見せることになる。

詠唱破棄、魔法の同時複数展開、闘技場を破壊する雷撃魔法のトールハンマー。


あのメリスが押されている、例外なく驚愕に打ちひしがれ、声一つでてこない。

新人ハンター達もこの、アルヴィスの圧倒的な立ち回りに呼吸すら忘れて呆然としていた。



アルヴィスに喧嘩を売った厄介者は清掃中だったが、トールハンマーの衝撃を目の当たりにし、「あれが、俺に向けられていたらーーー」と想像しまたも漏らしたが、それは別の話。







そうして魔法戦が終わり、メリスとアルヴィスとの真っ向勝負。


今度はアルヴィスが劣勢になる。


それは戦闘の雰囲気で容易に分かることだ。やっぱりギルドマスター、メリスは強いじゃないか!と印象づけた。










が、中には違和感を持つ者もいた。


それにしてもおかしい、と、騎士の二人とレイダスは目を凝らす。


二人の戦闘をまともに観測出来たものはおらず、その3人でも残像を目で追う事になっていた。

それでもギリギリ、どう言った戦いになっているかは分かる。


自分達の抱く違和感が何なのかわからないまま、彼らはその戦闘を食い入るように見入っていた。






そしてとうとう、それぞれが違和感の正体に気がつく。







何度も何度も、あのメリスに殴られ、蹴られ、相当なダメージが蓄積しているはずなのに未だに倒れる気配がない、ということだ。


普通なら身体強化の格の違いで、一撃で沈んでもおかしくない。








なのにどうして、メリスを相手にまだ立てているのか。


特に、メリスに対して絶対の自信があったレイダスの頭は理解が追いつかない事象ばかりで混乱し、半ば錯乱一歩手前であったりする。




また、シュラナだけはその戦闘に冷ややかな視線を送っている。年端もいかぬ少年を遠慮なしに殴りつけ、その上壁が瓦解するほどの強さで投げ飛ばすメリスに対して頭に来ており、そのせいで握り拳を震わせながら怒りのボルテージを溜め込んでいた。






そんな中、アルヴィスへの重い一撃、フルパワーストライクが炸裂し、壁に新たな穴をつくる。




それでも立ち上がるアルヴィス。




今度こそ終わったと、一同もそう思ったが、それどころかアルヴィスの動きのキレは増すばかり。

遂には短時間でメリスと張り合っているように見えるほどの追い付き。



メリスはアルヴィスの腕を掴み上げ、全力で地面に叩きつけた。リングには盛大に亀裂が入るが、アルヴィスも小さな体を利用して、柔道の要領で背負い投げ。


何故、咄嗟にそんな柔軟な対応が出来るのか、見ていた者達には理解できなかったが、最も驚愕したのは次。







メリスは投げ飛ばされ、空中で放物線の様な軌道をしている。






そのメリスの着地と同時に、アルヴィスが消えた。と同時にメリスのいた位置にアルヴィスがいて、メリス本人は吹き飛んで壁に埋まっていたのだ。










有り得ない速さ。


それは、今度こそ誰の目にも留まらない。










新人ハンター達は自分達よりも十歳以上下の小さなアルヴィスに嫉妬さえも起きなかった。


受付の女性は、アルヴィスの事を内心で人外視し、有り得ない……暴れられたら手が付けられないよぉ……と半泣きである。何せ今のアルヴィスはハンター登録すらしてもらっていないのだから。




シュラナは完全にキレていた。


ハンターランク7でかつ、ギルドマスターをしている人間が5歳相手に本気で戦うか…と冷徹な視線を今なおメリスへと送っていた。

ま、面子上、本気は出ていない、とメリスも言うだろうし、それも間違いではない。


ただしそれは全快での話ならば、だ。


なのでシュラナの、本気で、と言うのも紛れもなく正解だ。手負いのメリスは確かに全力で戦ったのだから。




一方で騎士達二人は興奮冷めやらぬ、と言った感じだ。

格上相手に殆どイーブンまで持っていったのは、確かにアルヴィスの策略があったからだと、二人は理解していた。


「……勉強、するか。」


「……そうだな。」


と言った心変わりもあったくらいに彼らにも衝撃を与えていた。








そしてレイダスだが。




「……あ、あの、ギルドマスターが、ここまで押されるなんて……そんな馬鹿な。」




冷静さなど何処かへ置いてきたらしい。




◇◇◇




同時刻、ハンターギルド周辺では人が集まり大騒ぎになっていた。


アルヴィスとメリスの模擬戦は地下の闘技場で行われていたため、あらゆる衝撃は地上へと伝わり、地鳴りは起こるわ、地面のあちらこちらが部分的に割れるわで大混乱。




「おいどうなってる!!」



「誰か訓練場つかってるのか!!」



「おい待て、今日は新人のハンターランク認定試験の日だぞ。」



「何があったんだ!」




ハンター達だけではない。


それは周囲に住んでいる市民達も同様。



ギルド職員は何もわからないにも関わらず、その対応を迫られるのであった。




◇◇◇




メリスは改めて周囲を見る。会場ボロボロであり、今にも倒壊しそうな勢い。


その殆どがアルヴィスによるものだということに、再度驚きを隠せない。




メリス自身ダメージも残っており、これからシュラナからのお叱りも受けるとなると気が遠くなる。試合後にメリスは視界の端えまシュラナを捉えた。その時の表情はまさに能面。メリスと言えどその圧には背筋を凍り付かせる。



この展開は容易に想像出来た。



メリスとて今すぐにでも腰を下ろして眠りにつきたかったが、立場というものがそうはさせない。

闘技場で気を失ったアルヴィスを抱え、指示を出す。



「全員、ここは倒壊の恐れがあるからさっさと避難しろぉ。」



声を出すのも苦痛。締りのない指示が飛ぶ。最後のアルヴィスの攻撃でメリスの肋骨数本は持っていかれた。


身体中軋みをあげる中の、アルヴィスというさらなる負荷。いつもなら20キロにも満たないような重り、何ともないが今はそんな些細な負荷でさえメリスの進む足を鈍くする。



とうとう階段を上がり切る、そこまで行って外が騒がしい、嫌な予感がする、メリスはそう感じた。


石の枠を越え、ギルドの二階から下を見下ろすとーーー





「……やり過ぎたみたいだな、アルヴィスや。いい加減休ませてくれよ、も疲れてんだぞ。」





ーーーごった返す人の群れ。


メリスは流石に悪態を、そしてついでに溜息もつく。

そのメリスの後ろから遅れて二階についた観戦席の集団もこの騒ぎには、各々が予想外だと言う反応を見せた。




一人を除いて。





「これではお話もできませんね。メリスさん、言い訳は後で聞くとしましょう。

今夜、予定を空けて置いて下さい。」




冷たく言い放ったのはもちろんシュラナである。キレてるのは誰の目からも明らかだ。

が、それを表に直接的に表さない所が、またなんとも言えない恐怖心を煽る。


その場で会話を聞いていた、レイダスや新人ハンター達を含む全員が震え上がっていたりする。




「いや、丁度いい。うちも聞きたいことがあったからな。」



「えぇ、そうですか。楽しみにしてますよメリスさん。」




シュラナの応答、目が、笑っていない。

それを目の当たりにしたメリスも、顔が引き攣る。メリスはシュラナにアルヴィスをゆっくりと渡し、「頼んだ。」と一言。


言われずとも、と応えたシュラナは二人の騎士達を連れて一足先に下階に降りていく。

 



騒がしかったギルド内だが、誰かが階段の音に気が付いて静かになる。そしてそれに気づいた別の数名がまた静かになって、それが連鎖していって遂には静寂が訪れる。


お姫様抱っこされたアルヴィスはぐっすり眠っているが体は傷や痣だらけ。


それを視認した人々は、「な、何があったんだ……」、「あの傷酷い……」、「おいおい、まさか認定試験で怪我したってのか?」、「あのレイダスが監督なんだろ?それは有り得ねぇよ。」などと、静寂は一瞬で小声でのざわめきにかわる。






一方でアルヴィスはどこか幸せそうな顔をして眠っている。別にシュラナの胸に顔が当たっているからではない。


狙っていたスキルを獲得できたと言うのが最たる理由だ。もちろん意識がある訳では無いから、そんな夢でも見てるのだろう。



「おい、お前ら。」



二階からの声、全員の視線がその3人からメリスへと転換させられる。

文句の一つくらい言ってやろう、何人もの人々がそう意気込んでいた、のだが、そんな言葉もメリスの姿を見ると出てこないというわけだ。



全身ボロボロ、服は所々破れ、身体は部分的に焦げている。血を流した後もあれば痣も確認できる。

その姿を見た人々は、ハンターランク7の化け物が、相当なダメージを受けているだと?と驚愕する。




と、同時に脳裏に過ぎるのはさっきのボロボロだった少年。





まさか……と連想してしまったが、メリスの次の言葉に人々はまたも戸惑う事になる。




「暫く地下の修練場は使用禁止だ。崩壊の恐れがあるため、復興が終わり安全が確認され次第、開放詳細を貼り出すことにした。」








ーーーーは?


それがその場全員の総意。






「な、何が起きたんだマスターー!!」


「そうだ!なんの説明もないなんて許さねぇぞ!説明責任果たせぇ!!」


「何なのよ、さっきまでの地響きは!」


「崩壊?修繕?何の話だ!」






「うるせぇぇ!!!!」




騒ぎ立てる人々。


そして一喝するメリス。




一瞬で静まりーーー




「あとは頼んだぜモルン。」




受付の女性に丸投げした。




「え?ええぇぇぇ!!!」



「あったことをそのまま話していい、あのガキの名前はリヴァイスタ・ラノーザだからな、ちゃんとライセンスと登録頼んだぜ。

ちくしょ……体痛てぇ。」






もう一度言おう、丸投げである。


メリスとてもう限界であった。


モルンと呼ばれた受付の女性に、そう言いつけたメリスはフラフラっとそのまま二階の仮眠室に入って行った。








「え、えぇと、お願いします!皆さん助けてくださぁい!!」




と、受付の女性モルンはその場にいた新人ハンター達とレイダスに頭を下げた。


周りからは「いいですよ。」、「大変ですもんね。」と快い返答が返ってき、穏やかな雰囲気が流れる。



そんな中、ただ一人、お漏らしの臭い奴は舌打ちをした。



「っざけんな!俺は帰らせてもらうからな!!クソが!」




そんな厄介者にモルンはと言うと。




「いえ、もちろんあなたには頼んでませんので。他人に迷惑をかける害悪にこの私が頭を下げていると、本気で思ったのですか?」



「ーー!!?」



昇格試験にてランク2になり、お手本の様に増長し、その上でアルヴィスに殺されかけて醜態を晒し、あまつさえこの扱い。


最早オーバーキル。


歯ぎしりし、顔を真っ赤にした厄介者は何度も「クソッ!クソッ!!」と悪態をつきながらこのギルドを後にした。


通り過ぎる際に、「なんかアイツ、小便の臭いしね?」とか、「ゲェ、おしっこでも漏らしたの?臭ァ。」とか、更なる心的ダメージを追い打つのだった。










「ぁぁ、初めに地響きの件だが、これはもう起こらないはずだ。今後起きた場合は原因不明だと思ってくれていい。」



レイダスからの言葉。事の説明が始まった。



「それで皆も気になっていると思うが、先の少年は既にハンターランク4を認定されている。因みに5歳らしい。」



その事実に集まった人々はまたもざわめく。5歳でハンターランク4、まさに化け物の誕生だ。




「おいレイダス!不正は無いのか!」




当然その懸念もある。


だがレイダスは、「ない。」と断言。






「それについては私が。」



モルンが前に出る。



「不正の有無はここにいる方々が証人ですし、怪我の具合を見てくれても分かると思います。

この場でマスターと同じく怪我をしている人はいないでしょう。先の少年が戦ったと証明できませんか?」




と、言われると、確かにそれは的を射ていると、納得せざるを得ない。




「そして今回の……地響き?でしたか?に関係して来ます。

事の顛末は私から始まりました。」



そう言って、モルンはアルヴィスへとハンター登録をさせないまま試験を受けさせた事から説明を始めるのだった。


もちろん話の中で、それもアルヴィスの事を思ってしたことだと、注釈も忘れずに入れていたりする。




◇◇◇




……こ、こは。




「ッテェ……」




ヤバい、身体中痛い。これ、明日動けるのか…まずったな、この調子だと霊薬を調合する羽目になりそうだ。最悪だ。



そんな事を思いながら俺こと、アルヴィス・リアノスタは覚醒した。

結果はどうやら俺の負けらしい。メリスからのダメージが多かったみたいだ。


俺の今の堅なら耐久勝負できると思ったのに。ちくしょう、これで父さんに引き続き2敗目だ。

 


連敗続きなんて嫌になっちゃう。





え?魔物との戦闘?


あんなのは俺の視野には入ってません。無視無視。






「あ!起きたんだアルヴィス!

もう、また無茶しちゃって!お姉ちゃんは怒ってます!」




「ご、ごめんて。」



「……反省してないでしょ!」



「……まぁ、強くなるために必要だったとは思ってるよ。」



「コラっ!」



「ッテェェェ!!」




突如、姉ちゃんに腹を抑えられた。

それだけで身体中に激痛。もしかして骨でも折れてるのか!?




「おばあちゃん呼んでくるから大人しくしててね!

ほんっと、アルヴィスのバカ!」




フンっ!と姉ちゃんは振り向いて出て行こうとする。俺は姉ちゃんに苦笑いするが、ふと気になった事があった。




「なぁ姉ちゃん、シュラナさんはどこ行ったの?」




「え?ハンターギルドだって。お話があるって言ってた。おじいちゃんも着いて行ってるよ。」






は?


お話?


………あぁ、何かメリスさんとの模擬戦の間、シュラナさんの声が聞こえてきた気もするな。


うわぁ、怖っ。俺、気を失っててよかったァ。




そんなことを考えながら俺は婆ちゃんを待つことになったのだった。




◇◇◇




場所は変わりハンターギルド内。


日も沈み、酒場はフル稼働。そんな中、一行がギルドに到着する。



「あ、ラノーザ様一行ですね!こちらに着いてきてください。ギルドマスターのメリスの元に案内します。」



あの受付の女性、モルンの素早い対応。

どんちゃん騒ぎの酒場も、そのラノーザという単語に反応して静まる。



ラノーザはアルヴィスの偽名。


故に一行全員がラノーザだと勘違いしたのだ。まぁ、彼女達にとってそれは都合のいい話なので指摘もしない。



そうして通されるのは二階の奥の部屋。



ドアを開き中に入ると。




「よく来てくれた。」



「どうぞそちらに。」




包帯ぐるぐる巻のメリスの姿とハンターランク4のレイダスである。




シュラナに同伴しているのは昨日から行動を共にしている護衛の二人と加えてビルガルド。


そしてその異様な光景に3人は目を丸くするのだが、シュラナだけは冷たい視線を向けたままだ。




「ガーハッハッハ!メリス、お前もアルヴィスに手酷くやられたな。」




「おぉ、これはビルガルドおじ様じゃないですか、お久しぶりですね。

見ての通りですよ。」




メリスはそう言っておどけてみせる。



そんな二人の関係に騎士たちも声を上げて、「知り合いなんですか!?」と驚きを見せた。




「知り合いもなにも、メリスはレオンとクレスタの幼なじみってやつだからな。それに元貴族の令嬢でもある。」




「「ええぇぇぇ!!!」」




二人の騎士が驚きを示す一方でレイダスはメリスが元貴族令嬢だった事を知っているらしい雰囲気。

ただ彼とてレオンやクレスタの事は知らないため僅かに首を傾げていた。


やはり国が違えば知名度はやや落ちる。

ビルガルドもよく知られた顔だがレイダスには気づかれる様子はない。


ただ事情は凡そ理解したらしく見て見ぬふりを通すことを決めた。




そんな中、シュラナだけは雰囲気が違っている。まさに、そんなことはどうでもいいんです、と、言わんばかり。






「で、聞かせてくれるんですか?」






冷徹な目でメリスを眺める。






「アルヴィス様をあれ程痛めつけた大義名分。」






流石のメリスもこれには身震いをするのだった。



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Sixth Tailーーメインストーリーは俺がぶっ壊すーー 小野亀 奈瑠 @tales-of-lives

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