第26話 VSメリス




アルヴィスは左手を突き出す。


彼にとっての、唯一の魔法発動の為の予備動作だが、今度はメリスもその機を逃さない。




「アクセラレイション!」




その呟きの瞬間、既にメリスの拳はアルヴィスの胴体を捉えようとしていた。



アクセラレイション、それは自己加速。ただでさえ速いメリスの動きが、更に加速したせいで、まるで瞬間移動並の速さと化したのだ。




だがーーー






パシン!!






その、スレスレギリギリでアルヴィスは突き出した左手でメリスを弾いた。

それが出来たのもアルヴィスはこの展開を予想していたから。


いや、何ならこの模擬戦の初めからこのシチュエーションを望んでいた。


その状況を実現して見せたのだ。








そう、アルヴィスの狙いは、この模擬戦が始まった時からただ一つ。


ーーー近接戦闘。










メリスのスキルはゲーム内で何度も見てきたアルヴィス。彼に魔法発動をさせれば厄介だと、今の戦闘でメリスが理解した事は、先のセリフから明白だった。




故の初手。




まるでこれから魔法を発動しますよ、と言わんばかりに腕を突き出した。


そうすれば距離を一気に詰めたくなるだろう、ならばアクセラレイションを使ってくるだろう。








全てが的中。


メリスは終始、アルヴィスの手のひらで踊っているだけ。




とは言え、何故、近接戦闘なのか。


それは自身の能力を高めたいが為。


要するにこの試験さえも、アルヴィスにとっては丁度いい修行の一環でしかないのだ。








「いくぞ!!」




「来い!!」






メリスは正直動揺した。


身体強化にアクセラレイションを上乗せして、まさか弾かれるなんて思ってもなかったからだ。



足を地面に突っ張り、力づくで自己加速を止めたメリスがアルヴィスに叫ぶ。

それに呼応するようにアルヴィスも構えを取った。














メリスの身体強化はアルヴィスの身体強化よりも格上、だが身体強化の強さだけが戦闘において鍵になるわけではない。



何せ身体強化も数あるスキルのうちの一つなのだから。












無言の肉弾戦。次から次へと攻防が繰り広げられる中、両者ともに不敵な笑みを浮かべる。




が、メリスへ通るダメージは相当に少ない。




やはり真っ向勝負ともなると、リーチ、スピード、そしてパワーの差が大きく影響する。


割合にして、十度の攻防でアルヴィスからメリスに通る攻撃は一度あればいい方であり、一方でメリスからの攻撃は最低で四度はヒットする。



近接戦闘になった瞬間、メリスにとって圧倒的に有利な戦闘に様を変えたのだ。








「ほらぁ!どうした!」




「ーーーッ!!!」






アルヴィスの反撃もメリスには意味をなさない。さながら防戦一方と断定しても間違いではないほど。


躱して、躱して、防御を取って、しかし次の一撃を喰らって。Sixth Senseで先読みしても追いつかない。


そんな攻防が続く。






「さっきまでの威勢は、どうした!!」




一瞬の溜め込み。




「パワーストライク!!」




ただ高密度の魔力を乗せて殴りつけるだけのこのスキル、だがそれは自身の成長と共に威力も上がるスキルでもある。


メリスともなればそれは凄まじい攻撃力へと昇華している。




「ーーーック!!」




体の前で腕をクロスさせることで受け身を取ったアルヴィスだったが容易に吹き飛ばされ地面を転がる。


が、すぐさま立ち上がりメリスに向き合う。ただ近接戦は長引き、既に戦闘開始からアルヴィスが投げ飛ばされるまでの戦闘時間を上回っていた。

その時間ひたすらメリスの攻撃を食らった彼は肩で息をしている。




「いい心がけだ。戦闘中に相手から目を離さないことはな。」




今の一撃でアルヴィスとメリスの間に距離はある。


少しでも体力を回復させなければ、アルヴィスはそう考えるがメリスも学んでいる。






そんな時間は与えられない。






「だが少年、自分で気づいているか?」






刹那、メリスの身体が揺らぐ。


同時に、アルヴィスの周囲3mに人を感知。






「ーーーッ!!!」




「こっちが本命だぜ。」






アルヴィスは近接戦闘の最中、無意識のうちにSixth Sense の効果範囲を最も有効で、最も制御しやすい3m四方に抑えてしまっていた。


故に突如のイリュージョンパレイドに、一瞬反応が遅れてしまう。








「フルパワーストライク!!」






「城!!!」










ギィィィン!!!










躱すことが好ましい。


そんな事は、もちろんアルヴィスには分かっていた。発動されたフルパワーストライクがさっきの一撃よりも強力なのは当然なのだから。






が、ちょっとした反応の遅れがそれを不可能にしたのだ。





先と同様、アルヴィスは咄嗟に腕を交差させて、スキル城を発動。


それでもメリスのフルパワーストライクの重みには耐えられない。










ドゴォォン!!!










轟音と共にアルヴィスはぶっ飛ばされ、またも壁に突っ込む。




「流石に今のじゃ立てないだろ。」




アルヴィスの体力は確かに底を尽きかけていた。


が、それはメリスも似たようなもの。

気丈に振る舞うが、アルヴィスの攻撃も甘いものではなかった。


メリスは壁を見つめながらも肩で息をする。
















「ーーーま、だ、です、よ。」






ガラガラ、と瓦礫や石ころが転がる。


その壁の中から、無数の傷、複数の流血箇所を露わにしながらも一歩踏み出すアルヴィスの姿。









何故、あれを喰らってまだ動けるんだ。

全快ではないから多少威力が落ちているとしても、それでもおかしい。




メリスの心は揺れ動く。












そして、今更ながら違和感を感じる。











ーーー何故、うちとの戦闘がここまで続いていている?









そう、そもそも肉弾戦になった時点でアルヴィスとメリスの間の圧倒的実力差が顕著に現れるのは分かりきっていた。実際、何度も何度もアルヴィスに対してクリティカルヒットを決めている。


なのにも関わらず、メリスはアルヴィスを落としきれていない。






それはどう考えてもおかしい、と言うか硬すぎる。








そしてメリスのその感覚は正しい。

アルヴィスは常に、スキル堅を発動したまま戦闘をしていたのだ。


如何にメリスと言えど、防御特化の、オマケにスキル城への昇華まで果たしているスキルに、普通に攻撃を通す事は難しい。



アルヴィスへのダメージはかなり蓄積されているものの、見た目よりはかなり少なかった。









そして、アルヴィスも口から流れる血を拭い、尚も笑みを浮かべる。




「あなた、の、おかげだ。」




「……なんの事だ。」




「あなたが俺との肉弾戦に付き合ってくれたおかげで俺はもっと強くなれた。」








ハァ……と息を吐き、アルヴィスはメリスに薄ら笑ってみせる。








「肉弾戦に、付き合った?うちが?」




メリスは意味が分からなかった。


近接戦になったのはそれまでの戦闘の流れであって、決してお前に付き合ったわけではーーー









そこまで考えて、気がつく。










魔法でのメリスへのダメージ、魔法攻撃の厄介さの印象付け、近接戦への思考シフト。


全て、最初から近接戦に持っていくように仕組まれた罠。






自分は、アルヴィスが強くなる為の出汁にされたのだ、と。








「やられた……」






メリスは悔しがる、が、同時に心の奥で更なる高揚感までもが沸き起こる。








これが5歳児の思考か、これが5歳児になせる技か。


何が天才だ、コイツはそんな可愛らしい存在じゃねぇ、まさに化け物だ。


メリスの評価はこの瞬間、一切合切塗り替えられた。








「メリスさん、ここからの俺は、また一味違いますよ。」








ーーー刹那、アルヴィスはメリスの正面にいた。


が、スピードは今までと変わらない。メリスも先と変わらず対処する。


左手で殴り、空中で回し蹴り、さらに続けてもう一発蹴りを放つ。








ーーーー変わらない。






それがメリスの評価だ。


一体何が変わったというのか、まさかここに来てハッタリか。






メリスも反撃する。






躱されもするし、受け止められもする、しかしそれは先程と同じ状況。


胴にパンチ、蹴りが横腹に、そんな風に攻撃自体も変わらず通っている。








一体何がーーーー












ドゴッ!!!










その時、メリスの腹部に重い一撃が入った。




「ーーーッ!!!」




アルヴィスは傷だらけ。一部腫れている箇所すらある。が、不敵な笑みは絶やさない。


強くなっている、その実感が彼にはあるのだ。






何が起きたかわからない、そんなメリスに更にもう一発のパンチがクリティカルヒット。




「ッァァ!!」




メリスは咄嗟にアルヴィスを殴り返す。


が、それを足で弾かれた。


それを見たメリスは目を剥く。








動きが、違う。








その攻防、徐々にアルヴィスの動きがメリスへと追いついていく。


アルヴィスへの直接ヒットが少なくなる一方で、メリスはアルヴィスから受ける攻撃が多くなっていく。








そしてようやくメリスは理解した。


メリスの攻撃を受ける度、アルヴィスは武術そのものを最適化しているということに。

















スキル名、連繋体術。


三種以上の武術をある一定以上の熟練度まで成長させたものにのみ発現するスキル。




効果は体術の成長率上昇と、複数の武術の合成。


無意識下で、相手の攻撃に対応できるように己の体得している武術の中から最適解を見つけ実行する。




今まで、完全に別々だった武術。


それがアルヴィスの歩む戦闘の中で昇華され、遥か未来に新体系武術として形を成す、それが連繋体術である。






このスキルは、言わばあらゆる武器への適性を生み出す操術の立ち位置。




これがあれば操術がそうであるように、新しく学ぶ武術であっても本来かかるであろう時間はかなり短縮される。


つまりは超有能スキル。








そしてアルヴィスはこのスキルの獲得のために、今回の戦闘は終始、3つ目の武術しか使っていなかった。


既に2つは納めていたからだ。


メリスという格上に縛りプレイ。最初から舐めプだったのはメリスだけでなく、アルヴィスも同じだったという事。












が、違う点があるとすれば、それは、死ぬ気で戦う覚悟の有無。













「ハァァァァ!!!!」




「ハァァァァ!!!!」






まさに一進一退、見る者もこれには息を呑まずにはいられない。


次々に繰り出される体術は互いの攻撃を弾き、弾かれ、躱し、躱され、喰らい、喰らわせられる。


















そして決着の時が来た。








メリスが防御を捨て、アルヴィスの攻撃を脆に喰らった。




「ーーー!!」




途端、メリスはアルヴィスの腕を掴み、今度は投げ飛ばすのではなく地面に叩きつける。








ドゴォォン!!!








ただでさえ崩壊寸前の闘技場に更なる追い打ち。だが、今の2人にはそんな事を考えている余裕などない。






「ーーーッァ!」






アルヴィスは肺から空気を洩らし、意識を飛ばしかける。


が、寸の所で踏みとどまったアルヴィスは身体強化を強め、メリスの掴んで来た手を掴み直して逆にそのままの力を利用し投げ飛ばす。






ゆっくりと立ち上がるアルヴィスは、浮かび上がって体勢を整えたメリスを見据える。






「知って、ますか。」




肩で息をしながら呟くアルヴィス。


メリスは今なお空中。




「アクセラ、レイションは、加速。だから初速、は自分の、力量だし、減速も自分でし、なきゃいけない。」








そしてメリスの着地と同時にーーーー










「ーーー瞬歩」














「ーーーは?」














ーーーー消えた。












ゴォォォォォォン!!!!










と、思えばメリスは吹き飛んで壁に衝突としていた。そしてこのダメージも尋常ではない。




すぐに立ち上がれない。視界もぼやけ、今にも意識を失いそうな状態。






「っぁ、ハァハァ、ッッァハァ。」






アルヴィスもアルヴィスで地面に膝と両手を付いて、滝のように汗を流すと同時に至る所から血が滲み出てきている。





実を言うと、今の今までアルヴィスは本気の速さを見せていない。自力の速さだけで勝負していたのだ。






つまり瞬歩も縛っていたという事。


そして最後は身体強化と瞬歩の二段構えで、メリスは当然その凄まじい速さのギャップについていけなかったのだ。








もちろん現時点、アルヴィスにも余裕はなく、立ち上がるにも立ち上がれない。


両者ともに満身創痍、そんな中先に立ったのはーーー












「……ったく、今のが、お前のトップスピードか。流石に何本か、ッテテ、折れてそうなんだが。」







アルヴィスの横から突然現れるメリス。


もちろんイリュージョンパレイドを使っている。






何故このタイミングで、イリュージョンパレイドなのか。それはメリスにも余力が無いから。


ギルドマスターとしての威厳、面子を立たせるためには余裕を示さなければいけない。




ましてやメリスはハンターランク7。簡単に敗北していい立場ではない。






「お、れはまだ、いけま、す。」



「いいや、ダメだ。取り敢えずもう、体動かねぇ、だろ。」






そうは言うがメリスも心中で、もう立たないでくれよ……と願うばかりである。


メリスは、「ほら。」と言ってアルヴィスの頭を小突いた。








「ァ…………」








一瞬で沈黙する。


これだけでも限界スレスレだった事が容易に分かる。




結果はアルヴィスの敗北として幕を閉じたのだった。


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