第25話 先手
燃え上がる様な紅の髪を靡かせながら、鋭い目でアルヴィスを見据えるメリス。
「さぁ、いつでもどうぞ。」
先までの口調と違い、それはまるで淑女のよう。が、きちんと煽りは忘れないらしい。
二度、手招きしてみせる。
「では、遠慮なく。」
刹那、アルヴィスは消える。
否、観戦席からはそう見えただけだ。
その圧倒的速さに、目にするのは2度目とは言っても驚愕に値する。
が、それは年齢を鑑みればあまりにも速すぎる、だけの話だ。メリスにとってはいくらでも対応できる程度。
ーーパチン!!
アルヴィスの、顔面を狙ったストレートはあっさりと片手でメリスに受け止められた。
のだが。
ま、こんなものか。
メリスがそう思った矢先。
ドォォンン!!
メリスは吹き飛んでいた。
スキル衝波拳、それは至近距離に衝撃を伝わせる格闘スキル。簡単に言えば、多少ならば離れていてもダメージを与えることが出来、そのダメージ量は近ければ近いほど多い。
メリスの顔面に鈍い痛みが走る。
そんなスキルの事など知らない彼女にとっては何が起きたのか理解さえ追いつかない現状。
「メリスさん、もう一度言います。俺はアナタに8割出させます。」
メリスが瞳に映した、そう呟くアルヴィスの姿はまるで違って見える。
纏う魔力量、魔力の質、魔力の密度、それが止めどなく向上している。
厄介者の威圧に使った魔力は限界ではなかったと気がつく。むしろここからアルヴィスのボルテージが上がっていくのだと。
「ーーー手抜いてると、死にますよ?」
その一言には、重みがあった。
「ククク、いやぁ、良いな。正直に何をされたかも分からん。
うちもギア上げていくぜ。」
そう言い放ったメリスの姿が消え、今度は15人に増える。
見事な物だ、と感嘆の息を漏らすアルヴィス。見た目では判別できないときた。
ゲーム内でもイリュージョンパレイドは面倒な魔法だった、と彼は思い返す。
隠れられれば、対象を見つけ出すには結界魔法が必要になるし、そのウィークポイントもこの分身を陽動としてりようすれば見事に躱される。
そう、視界に頼れば、だ。
一斉にかかってくる分身体達。
しかしアルヴィスは全く気にしない。
「身体強化……」
ドゴォォン!!!
分身体は全て消え、現れたのはアルヴィスの真横。頭を狙った一蹴りを、今度はアルヴィスが一瞥も無しに片手で受け止める。
「ーーー!!?」
メリスも、イリュージョンパレイドが見破られるのは想定の内だった。
が、まさか自身の身体強化を上乗せした攻撃が、片手で止められるとは思ってもいなかった。
彼女とて加減はしていた、確かにしてはいたのだが、余波で砂煙が荒れる程には強力一撃だと自負していた。それを軽々と、である。
アルヴィスの視線はメリスへと移り、口角が上がる。
「ーーーーフレアランス」
刹那、アルヴィスの周囲に炎の槍が8つ現れる。その全てがメリスへと収束するように向いている。
フレアランスはsektに位置する魔法。
位階firsは魔法初心者が扱うとされているが、sektと一つクラスが上がるだけで実戦でも使用されるレベルになる。
そしてthirdyともなれば魔法上級者指定される、のだが、いつもの如く、このフレアランスもアルヴィスの手によって威力を増幅されている。sekt級の生ぬるい火力など遠に捨て去っていた。
「詠唱、破棄!?」
そんな驚きの間にフレアランスが射出。超至近距離、ただのsekt程度ならまだしも今のフレアランスを喰らえば例えメリスと言えど少々の火傷くらいは追うだろう。
もちろんメリスのスピードをもってすればこの場からの回避も優に可能。
しかし予想外とすればーーーー
「なんて、馬鹿力!!!」
思いのほかアルヴィスの身体強化が強かったこと。メリスの拳を握ったまま放さないのだ。
ドガァァ!!!
メリスが吹き飛び、地面を転がった。
即座に体勢を立て直すが、ダメージと言うより驚愕で頭が混乱する。
「……今のは、ただのフレアランスじゃねぇぞ……」
有り得ない、フレアランスが爆発するなんて。
そう、メリスへフレアランスが着弾した時、確かに炎に包まれた。そこまではいい。
が、その後だ。
何故爆発した?
そんなこと、聞いたことも無いぞ。
メリスは普段使わない頭をフルに回転させる。
彼とてこの数ヶ月の修行で地力を上げている。sektクラスの魔法ならば改変魔法を併用しながら詠唱を破棄して行使可能。
「メリスさん、俺はそろそろ本気で行きますけど、心の準備は良いですか?」
本気、だと?
まさか……と考えたメリスだが、明らかに魔力が、さらに膨張していく。
メリスはハンターランク7という高みにいるがその中では魔力は少ない方だ。
イリュージョンパレイド自体万能で、消費魔力もかなり抑えられるからだ。
とは言え、一般人からすれば膨大な量に変わりはない。
そして、目の前にいるアルヴィスの魔力量はそんなメリスの半分を超える勢い。
これがどれほど異常なことか、メリスは本能で理解する。
「悪いな、お前の事、ちょっと甘く見すぎていたみたいだ。」
だがーーとメリスは続ける。
「その調子だと、うちは八割は出さずに済みそうだぜ?」
◇◇◇
次に仕掛けたのはメリス、冗談みたいな速さに流石のアルヴィスも目では追えない。
が、半ば未来予知を思わせる察知能力で真横からの蹴りをバク宙で避ける。
その最中、アルヴィスが両手を広げた。
するとメリスの足元が陥没。
下を見るとそこは砂地獄と化していた。
「ーーートラップか!!」
「ランスオブジアース!」
砂地獄のど真ん中、そこから大地の槍が現れ、メリスの背中を捉えた。
「ーーーッグ!!」
ダメージは追う、が、それも僅かだ。
かつてレオンもこれを喰らったが皮膚から若干の血を流すだけに留まった。
そしてメリスも同様。
本来なら串刺し必至のこの魔法、それがそうはならないのは身体強化による。
吹き飛ぶ中、空中で体制を整えるメリスだが、眼前には既にアルヴィスが追いついてきていた。
歩法、それは空中であろうと水中であろうと関係なく、足場があるかの如く行動出来るスキル。
「一点衝波!」
最後に空中を蹴り、一気に加速したアルヴィスはメリスは胴にスキルを見舞う。
衝撃波を纏った一撃、その衝撃すら一点に集中させる。
「ーーーッガハ!!」
ドゴォォン!!!
撃ち落とされる形でメリスは地面に叩きつけられた。砂埃が舞う中、アルヴィスは追撃の手をとめない。
「ハイドロスクリュー!」
空中で浮かびながら、その両手には凄まじい勢いで旋回する水の塊。それがメリスへと放たれる。一つの水の塊として投げ出されたそれは地面への衝突と同時に弾けた。
それはさながら水のサイクロン。舞っていた砂埃も全てその水に溶け込む。
案の定、メリスはその水の渦に呑み込まれた。
その流れに身を任せれば身体は浮き上がりアルヴィスの元へ一直線だ。
水の勢いは凄まじい、普通の人間ならその流れに身体は持っていかれる。そうなっていないの一重にメリスだからだ。
故にメリスは勘ぐってしまう。
アルヴィスは自分が浮かび上がるのを待っているのだ、と。
実際、この激しい水流の中、力、というより呼吸が先に限界を迎えてしまう懸念があった。
筋肉活動には酸素を必要とするからだ。理論を知らなくても彼女のような歴戦の猛者には感覚的に理解できていること。
メリスは目を閉じ、全ての息を吐く。
一瞬のリラックス状態、そして一瞬の強化。
「ハァッ!!」
腰を落とし、両腕を弾くように広げる、それだけでメリスを呑み込んでいた水の渦が霧散する。
スキル、ユラ・リオーゼ。
切り裂くことに特化しているスキルだが本来は武器に纏わせるのがセオリー。
むしろ素手でそのスキルを発動させる辺り、かなりの応用力。
これにはアルヴィスも、「へぇ。」と感心する。
が、全てミスリード。
大きい魔法を放つとなると用意にはそれなりの時間がかかる。そしてメリスへの攻撃、敢えて誘っているように見せていただけ。その間に次点の攻撃を用意していた。
それはアルヴィスの、メリスならば確実にこの程度の水魔法は突破してくる、そんな信頼があったからだ。
そう、全てアルヴィスの思う壺。
「ーーーなん、だ。」
メリスはアルヴィスの信頼通り、セクトに値するハイドロスクリューを突破してきた。
もちろん改変魔法で威力はセクト所ではなかったが、それでもメリスには通用しない。
一方でメリスは直後に上空を見上げる。
そして思わず呟いてしまった。
「あれはヤバぇ!!」
アルヴィスの身体が白く光っていた。
メリスにとっては明らかに見たことも無い魔法だ。
それもそのはず。
雷撃系魔法は使い手が少ないのだから。
「fala、トールハンマー!!!」
スガァァァン!!!
白い光は右腕に収束し、振り下ろされた瞬間、地面は大破し、辺りは丸焦げ。
飛び散っていた水も一瞬で干上がり、メリスを直撃した。
実はアルヴィス、このトールハンマーの使用にあたって最も効率的な場を整えていた。
その立役者がハイドロスクリュー。
本来、水魔法は純粋であり電撃を通さない。が、ハイドロスクリューは激しく混ざり合い周りのものを呑み込むという魔法性質上、大気、砂、埃など辺りの不純物を取り込みやすいのだ。
そして不純物の混ざった水は電気をよく通す。言わば感電の原理。
が、そこまでの攻撃だが観戦席には被害は一切ない。否、本当なら出ていた被害もアルヴィスが予め張っていた結界で事なきを得たのだ。
アルヴィスは空中から地面へと着地し、雷撃を喰らっても尚、腰を落とした状態で立ったままのメリスを見る。
まるで動く気配はないがーーーー
「……流石ですね、これで俺の完勝かもって思ってたんですけど。」
「……ッチ、気づいてやがるのか。全く驚かされるぜ。」
「俺の魔法を喰らう瞬間、体全体に魔力を纏わせて地面に手を置いた。
まさかアースの原理を利用されるとは思いませんでしたし、魔力でこんな芸当ができるのも知りませんでしたよ。」
アースとは電気回路の一部に大地を組み込むことで発生させる電流を流す働きのこと。
メリスは電撃を喰らいながらも可能な限り電流を地面へと逃がしたのだ。それを無意識にしている辺り恐ろしい才だと言わざるを得ない。
「アース……っては何なのか分から無いけどな、falaの魔法にしては威力がなってないんじゃないか。」
「流石ですね。よく気づきました。」
その指摘はまさにその通り。
falaはthirdyなどと比べ物にならない程の、相当量の魔力を消費する。
現時点のアルヴィスはまだ、thirdyレベルに足を突っ込みかけた段階。
thirdy並の威力や効果を持った魔法を行使しているがそれも全てはsektやfirsの魔法を改変魔法で底上げしているだけ。
本来ならthirdyの魔法も連発できるわけではない。
ならば何故falaを放てたのか。
実を言うと、今のは本当のトールハンマーでは無い。未完成の雷撃魔法にも関わらず、さらに消費魔力さえもケチっていた。
形だけ似せた、と言うのが近い。
通常のトールハンマーの10分の1も出力は出ていないだろう。
が、一方で何故そこまでして未完成のトールハンマーを使用したのか。それも決定的な追い打ちができるあのタイミングで。
もちろんただお披露目のため、という訳では無い。
「ほぅ、近づいてくーーーー!!」
近づいてくるか、そんな末尾の言葉は発せられなかった。
アルヴィスの速さは凄まじい。が、メリスともなるとそれにも対応できる。
普通ならば。
トールハンマーの追加効果、一時的な麻痺状態で相手をスタンさせられる。
メリスはアルヴィスの接近に立ち向かおうとして、自身の身体が動かないことに気がついた。
アルヴィスにとってこれは一種の実験だった。果たして、本来の規模のトールハンマーでなくとも、それがトールハンマーであるならばその効果が現れるのか。
半信半疑、しかしその賭けにアルヴィスは勝った。
「オリャァ!!」
おおきく振りかぶる。
狙うはメリスの胴。
身体強化を限界まで高めて放たれる一撃はメリスと言えどただでは済まなーーー
ドガァン!!
「ーーーッ!!?」
「っぶねぇ。今のは流石に死ぬかと思ったぜ。」
「……なんでーーーー」
今度はアルヴィスが目を丸くする。明らかにトールハンマーでのスタン時間よりも早い再起。
何故、と一瞬動揺を見せるが、すぐさまその心当たりへとたどり着く。
擬似トールハンマーだからか!!
「オラァ!行くぜ!」
「うぉ!!?」
メリスはアルヴィスの拳を受け止めた片手でアルヴィスの手首を掴み、そしてぶん回す。
メリスとパワーとアルヴィスの軽さ、そして遠心力などで容易に身体は浮かび上がりーーー
「お返しだ!!」
ドゴォォン!!!
投げ飛ばされ、壁に衝突した。
シュラナもこの戦闘、観戦席から見ていたが流石に子供を壁に投げ飛ばすなんて有り得ない、そう思ったようだ。
流石のこれには遠くで叫んでいる。
が、一方でメリスは動じず、ずっと壁を見続けている。はなからアルヴィスが強いのは分かっていた。5歳が出来ていい動きではなかったから当然だ。
そして手合わせしてみて、アルヴィスの実力も把握した。メリスは六割、出しても七割で制圧できると考えた。
が、その想定は優に覆される。
アルヴィスの実力を見誤ったのわけではない。寧ろ、その実力差をもひっくり返し得る即興のストラテジー。
ダメージが嵩むと当然弱る。
メリスも全く動くに問題はないが、それでもダメージは少なくない。
実はもう、アルヴィス打倒には八割どころか出し惜しみが出来ないところまで来ていた。
油断さえなければ、ここまで差し迫ったことは無かったろう。
だが、メリスにとって5歳の子供が自分に迫るほどの動きを見せるなど考えてもいなかったのだ。
ただ、そんな状況にも関わらず、彼女は心の底から楽しんでいた。
もちろんギルドマスターとしての面子は立たせなければならない。
が、同時に本気でヤレる、事への高揚感が心を満たす。
「投げ飛ばしたくらいで沈まないだろ。」
「投げ飛ばしたくらい、って。俺は壁にぶち当たって穴空けてるんですけど。」
アルヴィスも無傷とはいかないものの軽傷程度で悠然とその壁に空いた穴から歩いて出てくる。
「追撃できたでしょメリスさん。いいんですか、次は俺、失敗しませんけど?」
「いや何、ここから仕切り直そうと思ってな。うちも考えた。このままじゃギルドマスターともあろうこのメリス・ムーテラスが5歳の子供に完封されそうだからな。」
アルヴィス、ここからは全開だ。
メリスは心の中でほくそ笑んだ。
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