第24話 縁
アルヴィスは闘技場へと出てきて、既に試験官からの説明を受けていた。
そんな時、観客席から悪態をつく大声が聞こえてくる。
試験官は額に手を当て、「偶にいるんだよ、ああいった類いの厄介者が。悪いね少年。」と溜息を漏らす。
アルヴィスも「いえいえ、大変ですね。」と返すが、その直後、何故かその矛先がアルヴィスへと向く。
流石にこれにはアルヴィスも、「何言ってるんだあの人?」と呆然となるが、仕舞いにはシュラナへとベクトルが曲げられる。
アルヴィスがキレるには十分な条件だった。
「ダメだ、これ以上の看過はーーー」
そう呟いた時、試験官の横で、何かが揺らめいた。
即座に視線を観客席から外し、その真横に向ける。
が、そこに立っているはずの少年の姿がそこにはなく、砂煙が僅かに立っているだけ。
と、同時に厄介者の声が、止まる。
試験官も視線を戻すと、そこには数メートルもある塀の上でしゃがみ込み、奪ったと思われる厄介者の剣を首に突きつけた状態になっていた。
それから数秒のやり取りがあったのだろうがそれはアルヴィスと厄介者、そしてその場のシュラナと2人の騎士にしか聞こえてない。
シュラナ達は厄介者を含めた汚物から離れた席に場所を変え、受付の女性はここぞとばかりに厄介者に対して、「自分の垂れ流した汚物くらい自分で処理しなさいよ、気持ち悪い。」と口撃する。
一方で先の受験者達もこの一件に笑いを堪えることが出来ないものもいて、吹き出していたりする。
同時にそのアルヴィスの見せた実力の断片に驚愕も隠せない。
そんな後処理を任せたアルヴィスが塀から飛び降りて試験官に駆け寄る。
「ごめんなさい時間を取っちゃって。始めましょうか!」
アルヴィスのその、屈託のない笑顔。
それは可愛らしいものだが、他方で試験官には恐ろしく思える。
アルヴィスの実力を測るのに、自分では不十分だと、あの一瞬で全て悟っていたのだ。
戦えばやられるのは自分。
それもあっという間に。
故に「あ、あぁ。」と言葉を詰まらせる。
が、ふと思う。
俺が試験をしなくてもいいんじゃないかと。
明らかにアルヴィスにはハンターランク4以上の実力がある。分かっているのにこれ以上試験が必要だろうか?
出来るならば痛い思いもしたくない、それが普通だろう。
「そうだな、君の試験を始めよう。
と、思ったんだが、どうやら君は俺よりも強いらしい。」
そしてここまで来るとアルヴィスにも展開は読めた。
そう、不戦勝だ。
これにはアルヴィスも、思わず、「あ。」と声を洩らしてしまう。
「よって君をハンターランク4に認定し、この試験は行わないこととーーー」
「待てぇぇぇぇ!!!レイダスぅぅぅぅ!!!」
怒号が、闘技場全体にびびき渡る。
アルヴィスや観戦席の人間はもちろん、試験官や先導係の受付の女性でさえも目を丸くした。
シュラナ達が座っている席の反対側、まるで誰かが塀から飛び降りたような砂埃がたつ。
視覚には映らない。
目に見えない何かがそこにいる、と誰もが理解する。一方でアルヴィスだけはその人間の正確な位置を把握出来た。
もちろんアルヴィスにもその姿は見えない。が、スキルSixth senseは周囲の気配と内容を立体模型のようにシルエットで読み取るのだ。
誰も彼もが砂煙を見ている中、アルヴィスは試験官の真横を見つめる。と言うか目を凝らす。
が、やはり見えない。
「存在自体はあるのに目では見えない、となると、周囲との同化か……擬態?いや人間だとするとやっぱり幻覚魔法……」
そんなアルヴィスの呟きに、「ックククク……」と先の声の主が笑い始める。
試験官やその他諸々も、その声の発生源が試験官の横だと分かり、まとも度肝を抜かれる思いだ。
そしてそれに、このアルヴィスだけは気がついているという事実にも直ぐに到るのは必然だった。
「マ、マスター……あんたいつも仕事しないくせにこんな時だけ。」
試験官がやれやれと溜息。
どうやらギルド内ではこんな事は日常茶飯事らしく、直ぐに気持ちを持ち直す。
「少年、うちの事は見えてないな。」
口調、声色からギルドマスターと思われるその人は女性だ。
アルヴィスは素直に頷いて指さす。
「俺は気配で、そこに人がいるってことは分かるけど目では見えないよ。
マスターさん……でいいのかな?何の魔法使ってるの?」
「さっきの独り言、うちは君が相当魔法に詳しいと見た。だけどこの魔法は知らないみたいだな。」
そう言うとその人の足元から風景が歪んでいき、徐々に下から上へと姿が現れていく。
アルヴィスは目を見開いた。産まれてから彼が受けた衝撃の中でも、ゲーム風景のリアル化を除くと一番。
「この魔法はーーーー」
「ーーーーイリュージョンパレイド……
不可視のメリス。」
顕になる髪、体、そして顔。
それは紛れもなくゲーム内でも活躍を見せるキャラの一人。
その名はメリス・ムーテラス。
周囲に溶け込み、本来なら姿だけでなく気配をも消すイリュージョンパレイド。諜報に優れた能力を持ちながら圧倒的な近接戦闘タイプ。
完全に姿を消して接近、超パワーの一撃粉砕は彼女の十八番。
「……ほう、うちの事を知ってるだけでなく魔法名も知ってるのか。」
彼女のつり目がアルヴィスを捉える。
「うちがかっこよく魔法名を言おうと思ってたのに……」
が、どうやら茶目っ気もあるようだ。メリスは若干拗ねる。
それに対してアルヴィスは困惑する。
ゲーム内ではこんな人ではなかった。常に凛々しく、周りを引き寄せない威圧感を放ち続ける、そんな雰囲気。
違いすぎる、それが彼の印象。
「で、君の名前はなんと言うんだ?うちに教えな。」
別に警戒する必要も無い。メリスはゲーム内で敵だった訳でもないからだ。それに印象は違えど、今の彼女には好感が持てるとアルヴィスは直感する。
とは言え疑問も尽きない。
ゲーム内ではギルドマスターなどしていなかったし、ここまでフランクでもなかった。
アルヴィスとてそこだけは気にかかるらしい。
「え、ええと。俺の名前はリヴァイスタ・ラノーザ。よろしくお願いしますメリスさん。」
と、頭を下げる。
偽名での自己紹介、実はこれは家族で決まったことだ。
このアンバルレードへの旅における学術発表だが、アルヴィスの名前ではリアノスタ家が貴族にも関わらず他国にアポを取ったと問題になりかねない。
これはあくまでもお忍びなのだ。
故に今まで人前でシュラナ達がアルヴィスを呼ぶ時は小声で、もしくは偽名や、若、という代名詞でカバーしていた。
「ふぅん。」
メリスは目を細める。
「レイダス、この子のランクは4でいいんだが実力は見ておきたい。うちが相手するからお前は退いてな。」
「……マジっすか。加減してあげてくださいよホント。俺も見てますから。」
試験官、もといレイダスはそう言うとこの闘技場から出て観戦席へと向かう。
「なぁ、君の名前を聞かせてくれ。偽名では無い方、でな。」
流石のアルヴィスでもこの問いには脱帽せざるを得なかった。鎌をかけているのではない、そんなことはアルヴィスも肌で分かる。
人払いもした、これで問題ないだろ、そう言わんばかりにメリスはアルヴィスへと視線を向ける。
「……なんで俺のこの名前が偽名だって分かったんですか。」
「そりゃあ簡単だ。君がうちに指を向けた時、流石に君にはうちの存在がバレたと感じたから他の受験者そっちのけでマークしていた。そして君の番、レイダスと戦うには邪魔だったんだろ、あの短剣。」
「ーーー!!!」
短剣、なるほど。
アルヴィスの思考は加速し、一つの結果に辿り着く。
「……あの鞘の紋様、もしかして何処ぞの家紋だったりします?」
「あぁ、とある国のリアノスタという家系の家紋だ。」
ニカッと笑うメリス、天を仰ぐアルヴィス。彼は心の中で、「なんてモノを持たせてくれたんだよ……」と両親の事を頭に浮べる。
「まぁ、いいですよ。俺の名前はアルヴィス・リアノスタ。リアノスタ家の長男です。
今回は訳あってこの都市国家にお忍びで来てます、お願いですから人前でアルヴィスなんて呼ばないでくださいよ。」
もぅ、と一言付け加えたアルヴィス。
しかしこの直後、まさかの事実が明らかになるとは、彼も思ってもなかった。
「なるほどな、あのレオンとクレスタの子供か。確かにアイツらの幼馴染としてはアルヴィス、お前みたいな優秀な子供が産まれても不思議じゃない。」
は?
彼はその予想外に輪をかけて予想外の言葉、レオンとクレスタの幼馴染、というパワーワードに混乱する。
メリスと父さん達が幼馴染?
アルヴィスの心中では、「は?」「え?」「はぁ!?」「ええええ!!!」が堂々巡りしていた。
「いや待て。」
メリスが続ける。何か思う所があるみたいだ。
「アルヴィス、お前何歳だ?」
さっきまで、君扱いだったのに、幼馴染の息子だと分かった瞬間お前呼び。まさに陽キャを体現したような人柄、それがメリスであった。
「え、っと、5歳です。」
困惑するアルヴィス、だがそれを聞いたメリスは「はぁぁぁぁぁぁ!!??」と驚きを身体中で顕にした。
「ご、5歳!?お前、いくらあの2人の子供だからって天才すぎるだろ!なんで5歳にあの動きができるんだ!?
いや、普通に変だぞお前!!」
それはそう、アルヴィスには記憶があるのだからそれは仕方ない。これにはアルヴィスも苦笑でやり過ごす。
「さ、流石にその、変ってのは……」
「あ、もちろん悪い意味じゃないぞ、いい意味で変だ!」
アルヴィスは内心、そうだった、と諦めた。ゲーム内でも屈指の脳筋キャラ。
メリスはあまり頭を使うことを得意としないのである。
「まぁいい!アルヴィス、いやリヴァイスタ。
取り敢えず模擬戦といこうか。」
メリスは踵を返して歩き出す。
アルヴィスとしてもそれは同意、いつまでも話している訳には行かない、と言うのが本音。
そしてある程度距離をとった所でメリスはアルヴィスに向き合う。
「最初に意気込みでも聞いておこうか。」
「意気込み……そうですね、メリスさんに本気出されちゃ、流石に俺も手も足も出ないままで負けますよ。
でもーーーー」
そう言ったアルヴィスは背を伸ばしてかなりリラックスした様子。しかしその目は鋭くメリスを視界に収め、闘志に燃えている。
「ーーーー八割くらいは出させたいと思ってますよ。」
「フッ、ほざけ。最近歯ごたえのある奴がいなかったが、うちもそこまで耄碌していないぞ。
で、短剣は使わないのか?武器の使用はありだが?」
「いりません、メリスさんも素手なら俺も素手で行きますよ。」
ククク、とメリスは笑う。
アルヴィスは、自分では冷静さを保ってるつもりだが、その体から滲み出る雰囲気は、楽しみで仕方ないとでも言わんばかりのそれ。
「全く、レイダスなら死んでたぞ。」
「いえ、レイダスさんが相手なら勝つ気で挑んでましたので。」
「ほう、ならうちにはどんな気分でかかってくるつもりだ?」
アルヴィスは薄く息を吐いて、一言。
「ーーーー死ぬ気で。」
その顔は笑っていた。
◇◇◇
アルヴィスの護衛である2人は食い入るような真剣さを醸し出す。
2人は知っている。
今、アルヴィスが相対している相手を。
この戦いはきっと、かつてのレオンとアルヴィスの模擬戦の様に凄いことになる、そんな気がしてならない。
始まる前から手に汗を握る。できる限り見逃さない、そんな意気込みを胸に今か今かと待つ。
「すみません、私もお隣宜しいですか?」
そんな2人に声がかかる。
それは試験官、レイダスだった。
「えぇ。もちろん。」
その横でシュラナともう一人の騎士が会釈をする。
「他の所では恐らく話が合いませんのでね。」
「それはそうでしょうな。」
「ま、ですが試合中に雑談できる余裕は無いと思いますよ。」
するとレイダスは、ひょっと驚き、そして笑う。
「ハハハ、いや確かにあの子は才能で溢れてますね。私では手も足も出ませんと悟りました。」
「えぇ、我々も似たようなものですよ。若には敵わない。」
「ですが、このギルドのマスターは少々他のギルドマスターとは違うんです。なんというか、強いんですよ。」
「存じてます。ハンターランク7、世界にも50人もいない、実質上から2つ目のランク。」
「不可視のメリス、有名な話ですから。」
レイダスは「そうなんです。」と誇らしげに語る。
メリスは人望に厚い。至る所で尊敬される気がある。レイダスもメリスを尊敬するうちの一人なのだ。
が、同時に不思議にも思う。
何故そこまで知っていて、「話している余裕が無い。」などと言うのだろうと。
ハンターランクは一つ違えばその実力は雲泥の差になる。確かに1と2はその点では例外だが。
レイダスの見立てではアルヴィスが強いとは言えランク5相当。
ランク7が相手では数分も持たない、そう思っているのだ。
が、レイダスは知らない。
アルヴィスが既に自分の父親、豪炎の剣、レオン・リアノスタと手合わせしていることを。
騎士達は知っている。
そのレオン・リアノスタが、元ハンターランク7の化け物だと言うことを。
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