第17話 解釈



「えっと……どゆこと?」




俺は姉ちゃんの言葉に戸惑っている。


夕食終わり、珍しく姉ちゃんがもじもじしてるなって思ってたら唐突に……




「アルヴィス、お姉ちゃんね、勉強と魔法を教えて欲しいの。」と。




ウチは貴族だ、普通なら優秀な学歴の家庭教師を呼ぶだろうし、実際に今の姉ちゃんはそうしてる。


なのに、いきなり、だ。




「あ、あのね、私アルヴィスのお姉ちゃんなのにアルヴィスの方が沢山凄いでしょ?

だからアルヴィスに何もしてあげられないの。でも私はお姉ちゃんだからアルヴィスの為に何も出来ないのは嫌なの。

今のままならアルヴィスにずっぅと置いてかれてもぉっと辛くなると思う。」




姉ちゃんは、「だからね、その……」といつものワイルドな感じは一切見られないお淑やかモードに入ってた。かわゆい。



が、俺とてそれ以上問い詰める程野暮じゃない。それに今、姉ちゃんが辛いって気持ちになってるのは俺の成長が著しいから。


原因は俺にある。姉ちゃんだってまだ7歳なのにここまで思い詰めさせてしまったのは、最早俺の責任問題。






俺としたことが失敗したな。


周りの事をもっと見るべきだったか。当然だけど、せめて姉ちゃんへの気遣いは必要だった。

父さんと母さん?あとシュラナさん?それは大人だし問題ないでしょ。

ちょっと胃がキリキリするだけだって。




「姉ちゃん、安心してよ。俺に出来る事ならなんでも教えてあげるよ姉ちゃん。一緒に頑張ろうね!」




すると姉ちゃんは瞬く間に満面の笑みを浮かべ、本当に嬉しそうに「うん!頑張ろうねアルヴィス!」と。


周りの父さんも母さんも、そしてシュラナさんも、あと爺ちゃん達、婆ちゃん達も皆微笑ましく眺めてる。








しかしここで一つの注意!




俺はピシッと姉ちゃんに指を向けた。




「な、何?」




「姉ちゃん、俺と一緒に頑張るなら、絶対に守らなきゃ行けないことがある。これだけは、絶対に覚えてて、いい?」




「わ、分かった!何なの?」




俺が真剣な表情をしてるからだろうか、姉ちゃんは少し緊張気味。


安心して、内容的には大したことじゃないから。








「自分を誰かと比べないことだよ。今の姉ちゃんみたいに、ね。」








その俺の言葉に姉ちゃんは首を傾げる。


確かに難しい話ではある。


けどこの世界は科学が発展していない分小さな頃から仕事に駆り出されたりするから子供たちは早熟なのだ。


それに姉ちゃんは頭がいい。きっと分かってくれる。




「その昔、偉大な学者さんがいたんだ。」




俺の突然の話の転換。


姉ちゃんは益々分からない風を醸し出してるが、どうにか理解しようと耳を傾ける。



大人達はこれが例え話だと言うことを理解した上で割って入ってはこない。




「その人、どうしたの?」



「その人はね、人間のとある感情について研究した人なんだ。」



「へぇ。なんの研究?」



「それは、人間とは何かって研究。

その時に一緒に考案されたのが劣等感についての考え。負けてるなぁ、て思う事だよ。」



それを聞いた姉ちゃんは、はたと表情を変える。きっと無意識には気づいてるんだろうな、自分の気持ちに。



「姉ちゃん、その人がね、自分を誰かと比べちゃいけないって言ってるんだ。

俺はね、変な学者も沢山いる中で、この話は確かにその通りだって思ったんだ。姉ちゃんはどう思う?」




その問いに、うぅん……と唸った後、「でも戦ったりするのは比べてるんじゃないの?きっと比べないなんてできない、と思う。」と。


それも確かにそうだ。確信をついてる。


流石の思考力だよ、前世の俺が7歳でこんな問いに答えられるわけなかったからな。

特にこの世界だ、命の重さなんてほとんど考慮されない世の中ならではの視点と言っていい。



「それもそうだね、俺もそう思うよ姉ちゃん。」




俺はあっさり肯定。

それも一つの心理なのは確かだから。



「そう、問題はケース、場合なんだ。

俺が比べちゃいけない、って言うのは、あの人が出来るのに自分は出来ないっていう考えにならない為。

飽くまで姉ちゃんは今、自分の意思で、なりたい自分になるために頑張るんだ。

それは間違えちゃいけない。」





俺は一拍置いて続ける。





「姉ちゃんは姉ちゃん、俺は俺。人それぞれに違いがあって人それぞれに人生がある。

誰かに負けた、悔しい、そんな思いで自分を磨くのは、理想の自分に近づくのが思いになってる。その学者さんは、それこそを本当の劣等感としたんだ。

でも、あの人と同じ様に、あの人と比べて劣っててダメだ、なんて考えは自分を貶める考えなんだって。

そんな考えをしてると、自分はあの人になってしまう。全く同じ人生、いや、それ以下の人生を歩むことになる。

自分は自分なのに、そんなの悲しいでしょ。」




真似をして他人の技術を盗むのは自分の発展の為の一つの手段だ。


けど、それが度を越すと、自分は比較してる相手の辿った道を歩む事になる。

生きてる間ずっと自分をその人と比べ、ずっと劣等感に苛まれ、ずっと苦しい思いをする。






そんな生き方は辛い。






だから俺は姉ちゃんには、俺との修行を本当にしたい事、なりたいモノを見つけた時の足がかりにして欲しい。






「姉ちゃん、この世界はねーーー」






何せこの世界はーーー





「ーーー俺たちの知らない沢山の不思議と神秘で満たされてる。楽しまなきゃ損だよ。」





姉ちゃんの心に届いてくれるだろうか。


表情だけでは流石に分からないけど、そう信じようと思う。




「だからね、姉ちゃんは自分のままでいいんだよ。そうやって悔しい気持ちと一緒に成長して行って、いつかはなりたい自分と、きっと出会う。

俺との修行の時、これだけは忘れないでね。」





姉ちゃんの顔色は、さっきよりは大分マシになった感じはしてる。




「うん……!!よく分からなかったけど、何だかちょっと楽になった気がする!アルヴィス、お姉ちゃんの事を思ってくれたんでしょ?

やっぱりアルヴィスは優しくてカッコイイなぁ!」




笑顔満開。


結局俺の言葉はほとんど届いてないらしいけど、きっと姉ちゃんも、そのうち気がつくと思う。




さて、そんなしみったれた話は終わり。


爺ちゃんや父さんが「……なんか深いこと言ってるな。」などと言ってた。


でも、大人の俺でも難しかったんだが…って言うのはちょっとまずいよ。




7歳の姉ちゃんと思考力が同レベルってことだからね?





一方俺は女性陣から「アルヴィス、よく分かってるわね。」とお褒めの言葉を授かりました。

そんな中、「そんな研究者いたの?聞いたことないわ。」って聞こえた時は少々焦った。






兎にも角にも折角こんなにも面白い世界に産まれたんだ。確かに目を背けたくなる場所も多いだろう。



けど、誰であろうとこの世界を楽しむ権利はある。



そんな世界で枷を掛けて生きていくなんて、それも姉ちゃんがそんな生き方をするなんて悲しいってわけだ。







世界中の皆がみんな、という訳には行かないのはわかってる。でも姉ちゃんには生き生きとしていて欲しいからね。




◇◇◇



翌日、姉ちゃんは昨日のように寝坊はしなかった。


早々に俺との訓練を始める。が、4歳の俺よりも体力がないことが判明する。




けどまぁ、これは当然の話。


姉ちゃんは頻繁に外で遊んだりはしていなかったからだ。必要な体力作りが追いついてない。


死にかけながら走る姉ちゃんに、「俺も最初はこんな感じだったな」って感慨深い面持ちになってしまう。




しかし姉ちゃんはショックを受けてた。




「姉ちゃんも1年もすれば俺くらいにはなるよ。」と言うと、ほんと!?って食い付いてくる。




そうしてひたすら基礎体力トレーニングを行った結果、僅か7時間で俺と姉ちゃんに新スキルが生えてしまった。



姉ちゃんにはスキル学習者、俺にはスキル指導者。



「……なんてこった。」


「そんなに早くスキルが……」


「嘘だろ……」




やった!やった!と踊りながら喜ぶ姉ちゃんを眺めながら父さんとじいちゃん達はこの事実に呆然としていたよ。




そんな中、もちろん俺も俺で驚いてる。




スキルの獲得は確かにもっと時間がかかるものなんだ。スキル獲得に必要な熟練度の関係上、時間が必然的にかかる。


それがたったの7時間の訓練で手に入ってしまったんだ。





けど、最も驚いた事はそこじゃない。




Trampling On The Victims ではスキル指導者も学習者も存在してなかった。



これも俺の知らないスキルなのだ。



スキルは手に入った時点で、それがどう言った能力なのかを荒方把握出来る。

指導者は、指導相手の獲得熟練度を15%も上乗せするらしい。


加えて指導相手の獲得熟練度の20%が俺にも入ってくる、半ば成長チートを思わせるスキル。

同時に姉ちゃん曰く、学習者は学習効率を15%上乗せするスキルだとか。



こっちもヤバい香りがするのは気のせいだろうか?





更に、今回手に入ったこのスキルは特殊らしい。





通常のスキルはそれ自体が成長していくものであり、同じ身体強化でも熟練度による力量差はピンからキリまで色々。



しかし、俺の Sixth sense もそうだが、この2つのスキルにはそのスキル成長がないらしい。


つまりそのスキル自体の効果は成長しないということ。

まぁ、このスキル効果でさらに成長とか言ったらとんでもないことになるし、丁度いいんだろうけど。言わば完全パッシブなのだろう。




俺的には、スキルの獲得に時間がかからなかったのは、これが原因だったんじゃないかって思ってる。


きっと何らかの特殊な条件を満たしていれば手に入るんだ。



けど、その条件は恐らく非常に難しい。

何せ今まで知られていないのだ。本当に偶然手に入る、程度の難度ではないと思ってる。


いや、それは絶対に無理でしょ、って感じるくらいの難しさだろうから、今回の俺と姉ちゃんはもしかすると天文学的確率を引き当ててるのかもしれない。





という具合に俺と姉ちゃんの、魔法も魔力も使わない、ひたすら身体を鍛えるだけの地獄の初訓練は莫大な収穫と共に幕を閉じた。













そして翌日ーーー




「で、姉ちゃん、今は何の勉強?」




ーーー今度は勉強会が始まった。

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