第14話 全開Ⅲ




戦闘は開始と同時に熾烈を極め、常にトップギア。


初手、まずはここで観客達は度肝を抜かれる。







ーーー詠唱破棄







その技術は優れた魔導師でさえ到達が難しい、一種の極地。


それをほんの4歳児が為している。




「う、嘘だろ……」


「無詠唱だと!?」


「ありえない……」




騎士として従事している彼ら彼女らの中にも、もちろん魔導師はいる。


が、誰もその境地には至っていない。いや、普通ならば到れるはずもない。




唯一、彼ら彼女らの救いが会ったとすれば、それはアルヴィスの行使した魔法がfirsクラスのバブルチェーンだった事くらいだ。


流石のアルヴィスでも、詠唱破棄なんてfirs程度が限界なんだろう、と。






が、そのバブルチェーンでさえ、本来のそれとは明らかに常軌を逸した性能を発揮してみせる。








一同騒然。








firsに分類されるのは当然、その魔法がその階級程度の強度しか持たないから。

その強度自体を弄ることなど、未だかつてなかった話。



この時点で、一般的な魔法の知恵の持ち主の多くは一度目の顎外しを体験するのだった。








観覧席は静まり返り、誰もが食い入るようにその試合を、瞬きもせずに目で追っていく。


そしてその異常なアルヴィスの天才性を目にして絶句する。








魔法の強度や性質を変化させ、秀逸なトラップを瞬時に生成。


大幅な実力差があるが為に手加減していたとは言え、レオンの動きに遅れを取らず、加えて攻勢に出る判断力と一歩を踏み出し相手の懐に入ろうとする勇気。


さらには習得難度の比較的に高い身体強化の行使。


誰も知らない未知の魔法とスキル。


木刀で相手を切る、という超次元さ。


目で追うのもやっとの速さ。


加減を間違えたレオンの一撃にも耐える耐久力。








寧ろ何を驚かずに見ていろと言うのだ、それが観戦している者達の無意識下での共通理解。








そうして遂にその戦いは終わりを迎えようとしていた。








辛うじて立ち上がったアルヴィスだが、傍目からでも、それが満身創痍である事は自ずと分かる。


しかしその表情には薄らとーーー笑みを浮かべていた。






「来い!!」






レオンの声がコロシアムにかけ渡る。








その瞬間、鈍い音と共にレオンの姿は消え、逆に拳を突き出したアルヴィスがそこに立っていた。

そして殆どのラグさえなく、次は轟音が轟いた。








ドォォン!!






レオンが吹き飛び壁に衝突、その衝撃は会場を吹き抜ける。


この試合の中、誰も一言も声をあげなかった。いや、上げられなかったのだ。






アルヴィスの戦闘は、若干4歳にしてその実力は優に自分達を凌駕している、その事に観戦に来た全ての騎士達は否応なく気付かされた。






正直な話、アルヴィスのオーガ単独撃破を誇張だと思っていた人間が殆どであった。


そんな中見せつけられたのは、オーガ所では無い。寧ろオーガなどその実力ならば小指で捻り潰せそうだと思うほど。


騎士の大半は考えるのを止め、心の中で脱帽したのであった。




そしてこれを見ていたアルヴィスの祖父母達も、そしてクレスタ達も舌を巻いていたのは同じ。




クレスタ自身、アルヴィスの実力がここまでとは思ってもいなかったため、この瞬間に納得が行く。


そりゃ、家の警備騎士では太刀打ち出来ないわけだ。








「ねぇお母さん、アルヴィス大丈夫?」




心配気にエストリアがクレスタに駆け寄る。クレスタは彼女の頭を撫でつつ、「大丈夫よ、心配しないで。」と。




とは言え、もちろんレオンが加減を間違えた時も、アルヴィスがレオンを斬った時もかなり肝を冷やしたのも事実。


また現状、アルヴィスの事を心配しているのも変わりない。アルヴィスは無茶ばかりするのだから。





先に家へ行ってて下さい、そうステイラとセルタナに言って、すぐさまエストリアとシュラナと共にアルヴィスの元へと向かった。








「……あの魔法にあのスキル、どう判断するウィルザー。」



「そうだな、はっきり言って殆どのスキルが見たことの無いものだった。どうやらアルヴィスの場合、自主的な訓練だったらしいからそれが影響したんだろう。

魔法に関しては低位の魔法の連続使用、それも詠唱破棄。加えてーーー」




「その低スペックの魔法のどれもが本来の魔法と比べてあまりにも威力が違いすぎる、だろ?」




ビルガルドが口を添える。ウィルザーも真剣な顔で、「あぁ。」と一言。



「そして最後のは恐らくスキルの進化だな。」



「ビルガルドに俺も同意見だ。何らかのスキルがこの試合の間に進化した、そうあるケースではないがな。」



「あとはあのアルヴィスの耐久。4歳児で、普通なら死んでいてもおかしくない威力にも関わらず生還、それだけでなく試合の続行まで……」



「それもスキル、だな。咄嗟に結界まで張っていたのを見るとあと1つ……いや2つくらいのスキルは発動していても驚かんぞ。」








そんなビルガルドとウィルザーのアルヴィス考察の最中、横槍が入る。








「考察もその辺にして。先に家に、という事よ貴方。」



「全く、二人ともそういう事には熱中するんだから。」



「そうよね、もっとデスクワークに精を出して欲しいものよ。」






ステイラとセルタナからの耳の痛い説教を喰らうお爺様連中。突如としてその2人の大きな身体は縮こまったかのように見えるほど。




「ほら、いきますよ。」



「そんな考察、馬車の中でして下さい。」



「「……は、はい。」」








どうやらこの世界でも、妻の方が強いらしい。




◇◇◇




「単刀直入に聞くが……直接手合いをしてみてどうだった。」




アルヴィスの治療も終え、リアノスタ家に帰宅した一行。女性陣は、未だに目を覚まさないアルヴィスの看病を、彼の自室でしている。



一方でビルガルドとウィルザー、そしてレオンは居間のソファに座ってアルヴィスについての考察を伸ばす気満々である。






第一声、そう聞いたのはレオンの父親ビルガルド。




「いやぁ、正直驚かなかったシーンが無かったくらいだ。感覚だが、あの調子だとアルヴィス、オーガ相手に遊んでたな。」




レオンは苦笑い。


胸には包帯が巻かれている。アルヴィスの能力が思いの外高かったため、6割出力の身体強化をも突破された跡。



「で、レオン。結局どの程度の加減だったんだ?」



そう聞くのはクレスタの父親ウィルザーである。



「最初は4割程度でしたよ。オーガ程度、討伐に2割程度で事足りるのでね。それが最終、俺は6割まで出してましたよ。それでも最後の攻撃は俺を唸らせる程の良い一撃でした。」



「……となると、実質、現時点でお前の6割と張り合うポテンシャルがあるということか。」




顎に手を当てて目を細めるビルガルド。




「しかしアルヴィスの方はかなり無理をしていたみたいだからな。本当に極短い時間で、という縛りは着いてくるだろうと思うぞ。」




その考察にウィルザーが付け加える。




「でもそれを抜きにしてもアルヴィスの魔法にスキル、アレはとんでもない才だと思いますウィルザー義父さん。」




「そう、それだよレオン!アルヴィスは一体どんな修行をしていたんだ?」




「俺も気になっているんだ!あんなスキル、今まで見たこともなかったぞ。」




「いやぁ、俺も知らないんだ。

連絡手紙でも言ったけど、アルヴィスはずっと自主練してたから俺達は関与していないんだ。

知っているのは付き人のシュラナだけだろうな。」



「おぉ、シュラナちゃんが。……だが。」



「そうだな、今はアルヴィスの看病中だしの。」



「あぁ、それにアルヴィスも心配だ。咄嗟のことで出力を間違えてしまったからな。何事もなければいいんだが。」





そして暫く沈黙が続く。





「レオン、アルヴィスは十分な実力を備えている。それこそ警備騎士なんかよりもな。」



「ビルガルドも俺と同じことを考えていたみたいだな。」



「奇遇ですね、俺もです。

……少々早すぎるとは思うが、アレは一度見せておいた方がいいと、俺も思いましたよ。」






そして沈黙。








「……もう4年か、アルヴィスが生まれてから。」



そう呟いたのはウィルザー。



「そうですね。早いものです。」



と、返すのはレオン。



「今思えばアルヴィスが凄まじいのは今に始まったことでは無かったか。生後2ヶ月にして未知の封印魔法を使っていたな。

大物になるとは言ったが、まさかここまで早く頭角を出してくるとは恐れ入ったわい。」





そしてまた沈黙。




やはり息子の事は気になるし、じい様達も孫のことは気になる。

実を言うとこの3人も最初は看病しようと名乗り出たのだ。




しかし爺様達は粗雑だと婆様達に突っぱねられ、レオンに至ってはクレスタからの睨み一つ。






言外に、「何てことしたの貴方……」と。






最早レオンはとならざるを得なかったのだ。




「「「はぁ……」」」




3人はため息を着くのだった。












が、そんなお通夜のような部屋の中に一つの星が現れる。






バン!!






「爺ちゃん達!久しぶり!!」






元気100倍、アルヴィスの目覚めである。




◇◇◇




「……こ、こは、部屋?」




俺の部屋か。


目を覚ましたら知らない天井ではなかった。うん、まぁどうでいい事だけど。




「ーーッ!!」




体を動かそうとしたけど痛みが走る。




「……あぁ、父さんとの模擬戦か。」




勝てないとは分かっていた。しかし一泡吹かせたいとも思った。


だから俺は制御限界をわざと超えた。




反動が来るのも仕方ない。




「くそーー。やっぱりダメだったか。父さん強すぎだろ。」




事実、俺は父さんに歯が立たなかった。


攻撃を何度か入れられたけど、それは本気の父さんじゃない。大体5割弱くらいで遊ばれてたんだろう。




その上での内容。




最低限傷を入れられる程度には攻撃は通ったけど、あれじゃダメだ。


戦闘においてあの攻撃では相手にダメージというダメージを残せない。




簡単に言うと浅すぎるんだ。




「もっと修行しなきゃ。」








「ダメ!それより先に休みなさい!」




「………え?姉ちゃん?」




視線を動かす。


その先には姉ちゃんが、腰に手を当てて無い胸を張って立っていた。




「えっ……と、何時からそこに?」




「ずっと!アルヴィスの独り言もみんなで聞いてました!」




「み、んな?」




そうして視界が開けてくる。


どうやらダメージで、自分の思っているよりも狭い範囲しか見えてなかったらしい。




部屋にはニコニコの母さん、シュラナさん、ステイラ婆ちゃん、そしてセルタナ婆ちゃんが椅子に座ってた。






すると立ち上がったのは母さん。






「ねぇ……」




そう言って顔を近づけてくる。


「はい……」と応えたものの俺の声は震えていた。




「どうして、あんなに無茶したのかな?」




冷や汗、鳥肌、恐怖心が留まるこど知らないです。






「ご、ごめんなさい……」




いやぁ、母さんを怒らせたらまじ怖いからな。




「はぁ……でも、どうせこれからも無茶するんでしょうね。」




すると母さんは一拍置いてため息。


ごめんね、まぁ仕方のないことだから。




「程々に、ね。」




「そうよアルヴィスちゃん、お母さんにあんまり心配かけちゃダメよ。」




「まだ4歳なのに。おばあちゃん達も心配したのよ。」




母さんに続いて婆ちゃん達からも軽い叱責を受ける。


シュラナさんと姉ちゃんは後ろで、ウンウンと首を縦に振ってた。




俺の方は苦笑。


無茶しないなんて約束できないもん。




「善処するよ。」とだけ言っておく。










「それにしてもアルヴィス様、お身体の方はよろしいのですか?先程、痛みがあったような雰囲気でしたが。」




シュラナさん、正解です。




俺には精神統一というスキルが生えている。自然治癒力をあげる効果だが、正直熟練度不足で怪我をしたそばから治るなんてことはない。




せいぜい、全治3ヶ月の怪我を1ヶ月程度で修復するようなもの。あとは、痛みを幾らか緩和する効果もあるけど。






それをもってしても直ぐに動ける訳では無い。これは暫くベッド暮しになりそうだ。






「ダメ、身体動かないよ。2日3日はベッド暮しだね、多分。」




その、俺の反応に対して皆は、そっか…程度の反応。


しかし俺には秘策がある。




何せこの場には国内屈指の回復術士がいるんだからね。






「あぁあ、折角爺ちゃんや婆ちゃんが来てくれてるのに残念だなぁ。」




俺にはSixth senseという空間気配把握能力がある。故に目視せずとも、婆ちゃん二人がこの言葉に反応したのは分かっている。






追い打ちはかけるよ。






「俺、この間の料理を今日も振舞おうと思ってたんだけどなぁ。」




もちろん視線はそのまま。


が、母さんもシュラナさんもビクッと反応するのは逃さない。






唯一。






「アルヴィスの料理!?食べたい!おばあちゃん達も食べた方がいいよ!すっごく美味しいから!!」




姉ちゃんは食い付いた。






「でもこの状態じゃベッドから出られないからなぁ。」




そう言って俺はふて寝する。












暫く沈黙が続いたが。






「ステイラお義母様……お願いしてもよろしいのですか?」




母さんが折れた。




ま、姉ちゃん以外は俺が回復魔法をかけて欲しいと、言外に言っていることぐらい理解してただろうけどね。


俺は布団に隠れた左手でガッツポーズを構えるのだった。

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