第12話 全開Ⅰ
我が家にマヨネーズと天つゆ、そして新メニューが搭載されたのは2日前。
俺が実際に厨房を借りてマッチさんや母さん、シュラナさんを含めて、料理人さん達にレクチャー。
使用人もかなりいるけど、作った料理は全員のお昼に賄いとして出した。
まぁ、腹一杯、というわけにはいかなかったみたいだけど喜んでくれたみたいで俺は嬉しかった。
しかしもちろん日課はキッチリこなす。
実践練習にも行きたいけど今は個人練習が先決。
何と言っても父さんとの模擬戦だ。
これに合わせて調整をする必要があったから仕方ない。
という事で俺は馬車に乗ってる。
隣にはシュラナさんと母さん、それに向かいには父さんと姉ちゃん。
丘の上の家から下り、街の中を進む。
外を見るが、何だかこの前より騎士の巡回が多い気がするし、何か賑やかさも。
「ねぇ父さん、今どこに行ってるの?」
そう、俺も聞かされてない。
今日は模擬戦の日。てっきり俺は庭で模擬戦するものかと思ってたんだけど。
「あのなアルヴィス、お前が本気を出せば庭はめちゃくちゃになるぞ。」
「……確かに。」
そりゃそうだ。
俺は父さんを倒す気で行くつもりだから身体強化は絶対使う。
そうとなればーーー
ーーーうわ、考えただけでゾワっとしたぞ。思い出すなぁ、産まれてまもなくの頃に封印魔法で家を半壊させたアレ。
あっぶねぇ、同じ轍を踏むところだった。
「アルヴィス様、着いたみたいですよ。」
窓に視線をやるシュラナさん。
俺は、どれ!と顔を覗かせるのだが。
「ま、マジかァ……」
そこはこの街、レイティアが管理してる施設。
「コロシアムじゃん……」
◇◇◇
確かに、結構長い間馬車に乗ってた気はしていた。
コロシアムは街の中でも、俺の家からは真反対に位置する。そりゃ遠いわけだ。
「もしかして貸し切り?」
俺の問いに父さんが首を横に振る。
それ、貸し切りじゃないんだったら周りの人に迷惑かからないのかな?
「安心しろ、本気で拳を交えるのに支障はないからな。」
……なんという事だ。心を読まれていたのか?
でもどういう事だろう?正直、父さんの言ってる事はよく分からない。
普通、人がいる所で騒ぐと迷惑になるものだ。
それが例え直接的な邪魔にならなくても、声や衝突音だけでも相当迷惑だと思うけどな。
と、その時馬車は停る。
外に出て、初めてコロシアムを間近で見るが、それはそれはデカい。
ギリシャのアレも実際にはクソでかかったんだろうな。ま、ついぞ実際にお目にかかることはなかったんだけどね。
「ほら、入るぞアルヴィス。」
と、俺だけをその入口へと誘う。
俺が、「皆は?」と聞くと、父さんからは観戦席だから入口が違うと。
その時、俺達の馬車の隣に似たような馬車が停まっていたのを視界の端に捉えたのだが、この時はそれについて何も思わなかった。
仰々しい造りのコロシアムの内部。
そして何より広い上にデカい。確かに地球での大型競技場と比べると見劣りするけど、それでも圧巻と言うには十分。
そんな時、先導する父さんから声がかかってくる。
「アルヴィス、ここだ。」
そこには扉。
そこそこデカい扉ではあるけど、それを父さんは片手で軽々と開ける。
……材質は石っぽいけど?重くないの?
とは思うものの口にはしない。
俺はそのまま父さんに追従する。
扉を抜ければ暗い道が数メートル。
その先がコロシアムの戦場だということは容易に想像がついた。
そしてーーーー
「え?」
俺はコロシアムの壇上に上がると同時に驚きの声を上げる。
だって観客席には、母さん達だけじゃなく、多くの騎士達が入っていたのだ。
「どゆこと?」
「今日はここをタダで貸してもらってるんだ。で、その見返りがこれだ。」
「なるほど……見世物なのね。」
俺は苦笑い。
ま、タダで使えるならそれはそれでいいか、とも思う。俺、地球ではかなり貧乏性だったもんな。
「それともう一つ。」
「まだ何かあるの?」
「アールーヴィースぅぅ!!」
「レオンなどやっつけてしまえぇ!!ガーハッハッハ!」
「頑張れぇぇ!!」
俺のお口はあんぐり。
マジかよ、爺様達まで来てるのか。
そう、俺の名前を叫んだのは母さん方の爺様、ウィルザー爺。
そしてもう一人は父さん方の爺様、ビルガルド爺である。
最後の一人は姉ちゃんでした。
もちろん婆様達もその横にいるし母さん達も合流しているが、やはり淑女を嗜んでる。
お淑やかに手を振ってくるだけ。
という事で、俺もニッコリして手を振り返しておく。
「すまんなアルヴィス。オーガの件、やはり自慢せずにはいられなかった。
爺さんたちに言ったらあの様だ。」
クツクツと笑いながらそう言う。笑うのを抑えようとしてるんだろうけど抑えられてないよ父さん。
全く……その心笑ってるね!?
俺の驚く顔が至極お気に召したんでしょうね!
「まぁいいよ。俺は気にしないから。」
「そうか?それは良かった。」
父さんはどうやら俺をからかってるらしい。俺は頬を膨らませてジト目で父さんを睨む。
「ああ、悪い悪い。なら早速始めるか?」
「うん、準備は出来てる。」
俺の言葉と同時に父さんから浮ついた雰囲気が、スッと消えーーー
「アルヴィス、殺す気でかかってこい。」
そう言って俺に木刀を投げ渡して来た。
なるほど、どうやら俺がオーガ戦で本気を出して無かったことは筒抜けのようです。
「うん、分かってる。」
俺が一体、どんな顔して応えたか、正直自分でも分からない。
が、俺が凄く楽しみにしていたのは言うまでもないことだ。
◇◇◇
アルヴィスとレオンは互いに、この広いコロシアムの舞台で一定の距離をとって相対する。
レオン、アルヴィス共に木刀を携えるが両者ともに自然体。
現時点で、アルヴィスにとってレオンは格上。
一泡吹かせるには、それこそ本気で相手をしなければならない。
100人を超える観戦者のいるこの会場は静まり返り、その合図を待つ。
「それではこれより、リアノスタ家当主レオン・リアノスタと、リアノスタ家長男アルヴィス・リアノスタによる模擬戦を開始します!!」
騎士の一人がこの試合の仕切りを任せられている。
その言葉を告げた騎士は横で吊るしていた、先が保護されている棍棒のようなものを手にしーーー
ドォォン
大きな銅の円盤を力の限り叩きつけた。
そしてそれが開始の合図。
「身体強化!!」
「バブルチェーン!!」
それと同時に2人が動く。
グレオンは身体強化に入り、そしてアルヴィスは腕を広げるように振り抜き、合計10の鎖を放出した。
「ふん!そんな魔法ではーーー」
身体強化も熟練度に応じて発動までに時間を要する。
今のアルヴィスは3秒かかる所をレオンはコンマ7秒。
しかしその短時間でアルヴィスのバブルチェーンがレオンに到達した。
バブルチェーンはfirsに位置する魔法である。故にグレオンはその到達までに身体強化の発動が間に合わないと分かりながらも強行したのだ。
が。
「ーーーック!!?」
アルヴィスのバブルジェイルが本来のそれとは全くもって違っていることを理解する。
水の延長で、ちょっと強い粘着性があるだけのバブルチェーンではない。
鎖はグレオンに重くのしかかり、完全に引っ付いた。
アルヴィスが先日の騎士戦で使ったバブルチェーンは5本だった。故にコントロールも容易だった。
しかし今回は10本同時行使。今のアルヴィスにそのコントロールをなすだけの魔力操作能力はない。
しかしーーー
「ーーーッチ!!」
ーーーアルヴィスには策があった。
アルヴィスは魔法の術式を操作できるスキルを保有している。故に、本来とは格の違う魔法を行使できる。
そこで今回、アルヴィスはバブルチェーンに、弾性を組み込んだのだ。
術式改編スキル万能ではない。
本来の魔法に備わった特性を伸ばしたり劣化させたりしか出来ない。
バブルチェーンは洗剤に似た性質、つまり界面活性効果を持つのだ。
それを逆手に取る。イメージとしては数直線だ。界面活性効果がある状態をプラスだと仮定すると、アルヴィスが行った改編はそのビラメーターをマイナスにする事だ。
そうする事で表面張力を格段に上昇、その上で弾力と粘性を付け、その上でバネを応用したのだ。
アルヴィスは、レオンに魔法が完全接着した瞬間、魔法を指から切り離した。
すると伸縮が始まり、一瞬にしてレオンはバブルチェーンに拘束されたのだ。
もちろん綺麗にレオンを拘束したのではないが、これがまた陰湿。
10の鎖の軌道はそれぞれ異なり、ある鎖はレオンに巻き付くように伸縮した一方で、別の鎖はリングに引っ付く。
そんな感じでアルヴィスの魔法は、レオンをその場に固定するように落ち着いた。
「開始早々やられたな。
確かにこれではあのオーガなどは一たまりもなかっただろう。それにしても……これ、本当にあのバブルチェーンか?」
ガチガチに固められているレオンだがまるで余裕。いや、実際この程度、彼には何の障害にもならない。
「怨嗟に燃ゆる闘神が、纏う
「ーーーthirdy……フレアバースト。」
バブルチェーンの伸縮性のせいで身体強化での突破には時間がかかる、そう判断したレオンはthirdy級の炎魔法を行使する。
体の表面で赤橙色の火が迸りーーーー
「父さん、言い忘れてたけど。」
刹那、大炎上。
「その泡はちょっと特殊な性質なんだ。」
これは魔法効果、だけではない。
石鹸は油脂を加水分解することで得られる。その特性の中に界面活性効果がある。しかしその界面活性効果を逆転発展させているが為に、現状、石鹸としての役割はほとんど存在しない。
バブルチェーンのバブルは不飽和の石鹸の様な状態が主成分。しかし一方でアルヴィスのバブルは油脂のの様な性質が強い。
そこに更に粘性が加わるのだ。
実を言うと、レオンは、豪炎の剣、として名が通っている。
そんな彼が炎を主体に戦わないはずがない。
アルヴィスの考えの通り、レオンは、フレアバーストという炎を纏う魔法を発動した。
バブルチェーンを焼き払う、そのつもりだったのだろう。
それが引火し、天へと昇る火炎に姿を変える。
己の炎は己にダメージを入れない、これはゲーム上のシステムと同じではある。
しかし引火した炎はレオンの炎に異物を混ぜた形になる。半分はレオンの炎だが、紛れもなく半分は別もの判定。
元々の凄まじい火力に、さらに火力を上乗せする、そんな状態の炎が出来上がった。
もちろん流石のレオンでもこの火力には体表が僅かに焼け始めている。
「ーーーーハァッ!!」
が、豪快な腕を一振。
それだけで巻き起こる風圧、火の手は一瞬でかき消され、レオンも一気に駆け出す。
踏み込んだ足場は盛大に破壊されてひび割れる。
身体強化での加速は凄まじいものだ。
しかし、アルヴィスのターンはまだ終わっていない。
寧ろここまでは足止めの一環。
階級の高い魔法は制御が難しく、そして未熟な程、準備に時間がかかるものだ。
レオンは唐突に、アルヴィスの魔力に気づき、顔を歪める。
練られた魔力、それは上手く隠されており、接近するまで気がつくことが出来なかった。
そう、回避不可能な、その距離まで。
「sekt.ランスオブアース!!」
「やられーーーッ!!!」
アルヴィスは、本来詠唱を必要とする魔法でさえ、その詠唱を破棄して行使できてしまう。
さらに魔法には武器を扱うもののような予備動作すらない上に、魔法発動の為に練った魔力まで隠匿する。
故にアルヴィスの魔法発動タイミングを測るのは困難を極めるのだ。
地面の一部の形が変わり、宛ら槍のような鋭い形状へと瞬間的に変化。
さらにその大きさも全長2.5メートルを超える。
まさに、周囲にとっては、最早地面の中から槍が凄まじいスピードで射出されたのと変わりない。
「……マジかよ。これでもダメか。」
それでもレオンの身体強化は突破出来なかった。吹き飛んだレオンは空中で回転して綺麗に着地。
腕をクロスして体を守った為、僅かに血が流れているのみ。
「畳み掛ける!!」
次はアルヴィスが動き出す。
身体強化に加えて疾走。レオンほど速くはないが、それに迫るのは確か。
木刀を構えて近接戦闘に持ち込む考えである。
初撃、アルヴィスとレオンの剣閃が交差し、次の瞬間には三度の衝突音が鳴り響く。
そして四撃目ーーーー
「風迅!!」
ーーー真横に振られた木刀が風の斬撃を飛ばす。
超至近距離からの飛び攻撃、レオンもその目を見開く。
「炎剣!」
レオンの十八番。
剣に炎を纏わせ、範囲攻撃を繰り出すと同時に威力を上げる。
そのたったの一振で風迅は消滅しーーー
ゴォォォ!!!!
アルヴィスをも呑み込む。
「アッ!!やり過ぎーーーー」
「ーーーー身体強化。」
が、既に、アルヴィスはレオンの真後ろで拳を構えていた。
炎がアルヴィスを飲み込む瞬間、膨張した炎で身を隠してその場で跳躍。
しかし跳び過ぎずにもう二度空中を蹴った事で背後を取ったのだ。
「ーーーーッ!!!」
レオンは気配を察知し即座に振り向くが、アルヴィスはその動きに合わせる様に空中を蹴り、更にその背後を取り続ける形になる。
感知の領域ではアルヴィスに軍牌が上がるほどの熟練度を有している。
その為レオンは視界にアルヴィスを捉えられない。
なんと言っても音だ。空中を蹴ったとしても音はない。服が擦れたり靡いたりしてでる音だけ。
戦闘時にそんな微かな音を聞き分けることは実質不可能。
「一点衝波!!」
スパァァン!!
「ーーーーッグ!!」
レオンの右肩に、重い一撃が入り、衝撃が駆け抜ける。身体強化の攻撃力に加えて、防御力無視で入る衝撃波。いかにレオンと言えどもこの攻撃はまともなダメージになった。
しかし防御力無視とは言っても魔力による特殊防御は別だ。身体強化で魔力に守られているため、レオンは本来喰らうはずだったダメージの三割程度で済んでいる。
そしてレオンは冷静だった。
「弾けろ、真紅の炎ーーー」
「短縮詠唱!?」
「炎城壁。」
追撃しようとしたアルヴィスだが咄嗟にレオンから距離をとる。
その瞬間、レオンとアルヴィスの間に炎の壁。しかもかなり分厚い。
「……流石はこの国の剣と言われるだけはある。もう一発くらい行けたと思ったんだけど……許されなかったか。」
アルヴィスの眼前の炎は一瞬にして消えてレオンと相対する。
「やるなアルヴィス。さっきのは効いたぞ。衝撃波か、身体強化していてもこのダメージだ。」
そう言って右手を突き出す。
その腕は小刻みに震えており、動きがかなり鈍い。
「いや、流石父さんだよ。寧ろ何でその程度で済んでるの。」
「褒め言葉として受け取っておこう!!」
一気に距離を詰めるレオン。
今度は最大限の警戒を怠らない。
そしてアルヴィスもレオン相手に二度も同じ攻撃が通じるとは思っていない。
レオンが動き出した瞬間、アルヴィスも手を突き出していた。
「灯火ーーー」
小さな炎が5つ、指の先から生じる。
それらはグルグルと旋回しながら一点に収束していく。
「炎で応戦か!来い!」
まるで疲れやダメージを見せないレオン。しかし直後、その魔法に焦ることになるとは思いもしなかった。
「ーーー大文字!!!」
ゴォォォ!!!!
放射れた炎は突如として膨張。
高火力火炎放射が成したその形状は大の字そのものだった。
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